04
「ムサシじゃ…ない…」
三兄弟と別れ傾斜になっている芝生を降り切りグラウンドへ赴く頃には、栗田は漸く自身が目指していた人物がムサシでない事に気付いていた。
先ほどから眺めていたが、秋はこの謎の人物を記憶していた
「栗田先輩、コイツ盤戸スパイダーズのキッカーですよ」
「佐々木コータローか」
呆然とする栗田へ、彼女がこの人物の情報を教えてやると手帳を片手に持ったヒル魔が続けて彼の名前を披露した。何故知ってる!と一瞬驚いた顔をした佐々木コータロー。
そんな少なからず阿呆っぽい彼だがボーナスゲームのキック成功率100%のキッカーである。ヒル魔の補足情報を聞くと泥門デビルバッツの面々は、うぇ!?なんて驚いた声を上げた。
「生まれてこの方外したことねぇよ」
スマートだぜ。得意気に折り畳み櫛を取り出したコータロー。そんなに高頻度で直さないといけない髪型ならば変えればいいのに、と秋は思ったが彼女が指摘する前にヒル魔がコータローに尋ねた。
「で、ウチに何か用か、糞モミアゲ」
「聞いたぜ。"60ヤードマグナム"の話」
糞モミアゲと認定された瞬間であったが、コータローは自身の話をしだした。60ヤードマグナム。そのフレーズにヒル魔と栗田がピクリと反応する。他校なのに、他校の生徒に囲まれているというのに、コータローは話しながら悠長にボールをセッティングした。
「泥門のムサシって奴が、60ヤードのキックを決められるっつう都市伝説よ」
コータローが先ほど取り出した櫛で髪を整え直しながら言うと、雪光が驚いた声を上げた。
「60ヤード!?日本記録が58ヤードなのに…」
60ヤードとは約55mだ。高校生でそんな事が出来るキッカーがいるのか。公式記録も残っていない、独り歩きした都市伝説である。
ありえねーぜ!衝動的になのか、勢いよく先ほどセッティングしたボールを蹴るとクルリと振り返りコータローは吠えた。
「勝負しろムサシ!No.1キッカーが誰かハッキリさせようじゃねーか!!」
しっかり彼の蹴り上げたボールはゴールポストのど真ん中を潜り抜け、そして地面に落下した。周りの人垣は歓声を上げたが泥門デビルバッツの皆さんは綺麗に沈黙していた。そうして数秒間の沈黙の後、ヒル魔が一言。
「ムサシならとっくに辞めたぞ」
「なにィ!?」
全く予想だにしていなかったのだろう。コータローは驚きの声を上げるとそのまま固まってしまった。まさか60ヤードマグナムなんて呼ばれているムサシがアメフト部を辞めたなんて、と思考停止しているのだろう。
「安心しな糞モミアゲ、今はもうテメーがNo.1だ」
言いながら、ヒル魔はクルリとコータローへ背を向けた。
▪︎
盤戸スパイダーズのキッカーが襲来したその翌日。休憩時間にクラスメイトと談笑していた秋の元へヒル魔がやって来た。
自分は来るなと言っておきながら平気で来るんかい、とは思ったものの彼が態々1年の教室にやって来たという事は何か理由があるのだろう。
「なんですかー?」
一気に静まり返った教室に秋の呑気な声が響く。
「アイツらがムサシの事を探ってやがる」
「アイツら?」
「糞チビと糞ザルだ」
セナとモン太である。
そういえばモン太が教室内にいないし、なんだったら彼は毎休み時間に消えていた。ムサシを探しに出てるのだろう。
あ〜、なんて相槌かどうかもわからない返答をする秋にヒル魔が舌打ちを繰り出す。
「テメーんとこに聞きに来るかもしんねーから喋んじゃねーぞ」
「言ったらいいじゃないですかー」
「あぁ?!めんどくせー事になんのはテメーの足りねー頭でもわかんだろーが!」
「ん〜…確かにダメそう〜…」
ムサシがアメフトを辞めた理由を話して諦めてもらった方がいい、と思ったものの。セナは大丈夫でも漢気の強い熱血漢であるモン太は簡単に諦めなさそうである。
ムサシの事を思うなら黙っていた方がいいかもしれない。
「わかったら教えんな」
「わかりましたよー」
「それと別件だが仕事だ」
「ゲェ〜〜!?」
話が済んだと思ったら、ヒル魔は何処から出したのかバサリと紙の束を秋の机の上に置いてさっさと教室を去って行った。秋は大量の紙の束に泣きたくなったが、クラスメイトには安泰が訪れたのだった。
▪︎
そうして次の休憩時間中、セナとモン太が秋の席の前へ現れた。
「ムサシって誰なんだ…!?」
2名の動きが完璧にヒル魔にバレているので、なんだか面白くて秋は笑った。