12
モーテルで一泊した翌日。また朝からトラックを押す5名を傍観しつつ、秋は考えていた。
このデス・マーチでマネージャー業へのやる気スイッチを入れる決意をしたものの、一体何からやればいいか皆目見当もつかないのだ。入部してからというもの、彼女が行ったマネージャー業らしいモノは不良殺法の特訓の手伝いやプレーブックの製作、そしてNASAエイリアンズの偵察くらいだ。殆ど中学の頃ヒル魔の下僕(不本意)として使われていた時と変わらない。
「どぶろく先生ー」
と言うわけで横に座るどぶろくに質問してみる事にした。
秋に声を掛けられて、ん?とどぶろくが振り向く。
「なんだ、変な顔して」
「マネージャーってさ、何すんの?」
どぶろくが一瞬キョトンとした。
少しの沈黙の末、彼は神妙な面持ちで口を開いた。
「…傘差しとけよ」
「雨降らないから!聞いただけじゃないですか!」
「いや、悪ぃ悪ぃ。ただ元を辿りゃあ、お前が素っ頓狂な事聞くからだろ」
「別に、ふつーの疑問ですよ。あたし、まもり先輩みたいには出来ないから…」
入部して数ヶ月、なんだったら中学の頃の2年間。ヒル魔の監視下の元アメフト部の側で遊んでいただけだ。もうマネージャー業のマの字も知らない。
口を尖らせて尻窄みになりながら話した秋に、どぶろくは心底驚いた顔をした後腕を組んだ。
「まぁ、簡潔に言うとだ。マネージャー業ってのは練習や試合の準備、片付けとか選手のケアだな」
「ケア?」
「体調不良に気付いてやったり、精神面での負担を軽減してやる事だ」
「あ、…それは得意かも!」
「あとはチーム運営の事務作業とかだが…、これはお前ぇには向かねぇだろうな」
どぶろくのマネージャー業説明会開催。
最後のどぶろくの発言には秋も苦笑いで、ですねぇと相槌を打った。
だが今聞いてみれば中学の頃から意外とマネージャー業の様な物をやって来ていたのだ、と感じた秋は謎の高揚感を覚えた。
脅迫手帳の作成手伝いを行い、カメラアイのお陰でヒル魔たちの精神面肉体面の変化に気付き、練習の片付け等を脅されて行っていたのだ。これはもう完璧にマネージャーではなかろうか。
「えー!じゃーあたしめっちゃ昔からマネージャーしてんじゃないですかー!」
「言っておくがな、秋。今のを自発的にやんのがマネージャーだ」
「グ…それは、まぁ…今からやりますよ…!」
やる事はやってはいたが、基本的に自発的にはやって来なかったのは間違いない。試合は遅刻が当たり前、練習すらサボリ散らかしヒル魔にキレられる。泥門に転入してからもそんな感じだったのだ。
「…この合宿中は特にお前の眼が肝要だ。選手たちの体調面も精神面も、しっかりチェックしといてやれ」
「かんよー?」
「必要だ、ってことだ。そういうのも含めてヒル魔はお前の事を手元に置いてんだろうからな」
どぶろくの言葉に、今度は秋がキョトンとした。
▪︎
疲労しきったライン組が荷台の上で暫しの休息を取っている間、どぶろくは荷台で酒を飲み秋は運転席でまもりと談笑していた。
「ちゃんと秋ちゃんも水分補給してね?熱中症、本当に危ないんだから」
「大丈夫ですよー!そろそろ暑さ慣れて来たんで!」
「少しでも体調悪くなったらハンドルと変わるからね?」
心配そうに眉をハの字に下げて秋を心配するまもりに、癒しを感じつつも彼女は首を横にブンブン振って遠慮した。
まもりが荷台に来たらセナがいない事がバレてしまうからだ。
「いやー!めちゃくちゃ気持ちは嬉しいんですけど、ハンドルはお前には任せられんー!ってどぶろく先生に言われてて…!」
「そっか…でもホントに無理しないのよ?セナもいるんだから、助手席いつでも来てね?」
荷台にセナはいないとまもりには言えないのが歯痒い。そんなもどかしさを抱えながらチラリとサイドミラーに目をやると、なんと石蹴りをしながら走っているセナの姿がミラーに写り込んでいた。
思わず二度見をしてしまった秋は、まもりに見られたらヤバい!と焦りすぐに助手席の扉を開けて地面に飛び降りた。
「どうしたの?」
「どぶろく先生に呼ばれました!」
こういう咄嗟のでまかせは上手い秋である。まもりは納得した様だ。
ドアをバタンと閉めて、サイドミラーにセナが写らない様に配慮しつつどぶろくに近付いた。
「なんでセナが後ろ走って…」
言い終わる前に秋は目を見開いた。どぶろくに文句を言おうとセナの事はチラチラとしか見ていなかったので一瞬しか捉えられなかったが、とんでもない物を目の当たりにした為だ。
「え…何いまの…?」
セナが一瞬ブレて2人に見えたのだ。一瞬しか見れなかった為に視覚で捉えた情報が少ない。まるでゴーストの様な動きをしてデビルバット号へ到着したセナに、どぶろくが声を掛けた。その声色は少しだけ動揺している様に聞こえた。
「おいセナ」
肩で息をして息を整えようとしているセナに声を掛けると、どぶろくは荷台から顔をヒョイと出した。
「明日からは次のレベルだ。ジグザクに石蹴って進め」
「ジグザグ…?」
「それでラスベガスまで辿り着きゃ、悪魔の走りが完成する」
荷台からベタンッと飛び降りて地面に着地したどぶろくが言うと、秋が堪らず会話に加わってきた。
「え!今ので完成じゃないんですか!」
「まだ脚に定着してない。てのもあるが、ムラがあるだろ」
どぶろくの問い掛けに、セナは肩で息をしながらはいと頷いた。
「やばー!セナめっちゃ既に凄いじゃん!これ完成したらヤバいんじゃないですか!」
「そうさな、言ってみりゃ…」
興奮気味な秋に褒めちぎられたセナが照れ半分、戸惑い半分でヘラヘラ笑顔で乗り切っていると、どぶろくは彼をビシリと指差して言ってのけた。
「デビルバットゴーストだ!」
本来ならここで、おー!となる所だったが、リアクションをする筈の秋とセナの視線はどぶろくの後ろに注がれていた。
「…どぶろく先生…、うしろ…」
セナが言い切る前に、スケート靴で全力滑走する女子が決め台詞をキメていたどぶろくのすぐ横を通り過ぎて行った。
「やーーー!!!」
どぶろくが手に持っていた酒瓶を割りながら。