01
男子部屋、女子部屋、そしてヒル魔とケルベロス部屋の3部屋に分かれてデス・マーチで疲弊した身体を休めた翌朝。
まぁ疲弊したと言っても女子陣の疲労は男子たちと比べては申し訳ないレベルの物であるので、まもりと鈴音は午前中に起床していた。
「秋ちゃん、そろそろ起きよっか?」
「アッキーって朝弱いタイプなんだ」
しかし疲労度合いが低い筈の秋は昼過ぎになっても夢の中に思考を在籍させていた。
時刻はまもなく13時になる。まもりと鈴音は既に朝食も、なんだったら昼食も済ませてしまっているくらいだ。疲弊していた筈のセナやモン太、ヒル魔は既に起床しているというのに。
ちなみにアッキーとは秋のニックネームらしい。鈴音は泥門デビルバッツの面々のニックネームを既に付けている。ヒル魔にすらニックネームを付けているくらいだ。
まもりに身体を揺すられて、アッキー(命名鈴音)はやっと夢から覚めた。
「…女神だ」
このフレーズはこの合宿中、まもりが秋を起こすと開口一番で発言するお決まりの台詞となった物である。
鈴音は確かに女神だけど、と思った。
「秋ちゃん。もうそれ、恥ずかしいからやめてってば」
「あ〜寝起きでまもり先輩見れるのも最後か〜きつい〜」
長かったアメフト部の合宿もラスベガスに到着した為本日が最終日となっている。なんだかんだ言いつつも、アメリカを横断するという非日常が楽しかった秋は既に名残惜しくなっていた。
言いながらベッドの上でゴロゴロと転がり始めた秋と、苦笑いしながらその世話を焼くまもり。
その2名の様子を客観的に見ながら、鈴音はふとした感想をポロリと口から溢してしまった。
「なんか、アッキーってメイクしてないと…」
途端、まもりに布団を優しく剥ぎ取られていた秋が眉を顰め奇声を発した。
「は!!?なに!!!」
「え!いや、メイクしてないとイメージ変わるなー!ってだけ!」
「そりゃそーでしょーが!いーよ、もー!どうせ目付き悪いですよーだ!」
言いながら布団に顔を埋め、自身の目付きの悪さについて文句を垂れ始めた秋。
困った様な表情を見せたまもりと視線がカチリと合うと、鈴音はやらかしたのだと自覚した。
加賀秋は白ギャルである。故にメイクが濃ゆい。そして裸眼の小ささを気にしている為大きめのカラコンを着用している。
つまり、スッピンだとギャップがあり過ぎるのだ。
これがルッキズムコンプレックスという物である。
▪︎
メイクをバッチリ済ませた秋が活動を開始させたのは13時を当に過ぎた頃だった。
その頃になると疲労しきった泥門デビルバッツの面々も殆ど起床しており、各々昼食を取ったり二度寝に勤しんだり漫画を読んだりしていた。
秋がレストランに向かっていると、その道中で辺りをキョロキョロ見渡している黒木と遭遇した。
「黒木、何してんのー?」
「ゲ、加賀」
「何その顔。失礼な」
秋を視界に捉えると黒木は思いっ切り顔を顰めたので、彼女も同じ様に顰めっ面を浮かべた。
何してるのと聞いてみたものの、洞察力の優れた秋には黒木が現在何をしてるかはお見通しであった。
「黒木、さては迷子だな!」
「はぁあああ!?違ぇよッ!!」
ビシリと黒木を指差すという煽り決めポーズを決めて言い放った秋に黒木は咄嗟に否定したものの、それは図星であった。
黒木の表情を確認すると秋は、はいはいはいと言葉を漏らしながら頷いて尋ねた。
「それで?何処行こうとしてんの?」
迷子になっていたという事実を見透かされている事に気恥ずかしくなった黒木は暫し押し黙ったが、少々の沈黙の末に目的地がレストランである事を告げた。
「えー!じゃあ一緒じゃん!多分あっちだから行こー!」
黒木の気恥ずかしさやバツの悪さから来る仏頂面なんて気にせずに秋は屈託のない笑みを浮かべた。
目的地が同じならば同行しないのも可笑しいしな、と黒木は心の中で言い訳を作ると秋からの提案を二つ返事で了承した。
「何時に起きたのー?」
「あー…多分11時くらいかぁ?つっても二度寝したけどな」
「そりゃ疲れてるもん。二度寝も三度寝も、なんだったら四度寝もするよねー」
「三度寝も四度寝もしてねーよ。あとお前寝過ぎじゃね」
「寝る子は育つって言うじゃん」
アホな返しを真面目な顔で言い放った秋を黒木は無視する事にした。彼女の何が育っているのか不明であったからだ。
喧嘩未満の言い合いや、今晩向かうカジノへの熱い想い等を話している間に目的地であるレストランに到着した2名。
しかし席に通された彼らはメニューが英語過ぎて困惑していた。
「クソ…!なんだコレ…!読めねぇ!」
「ホーマーとのメールである程度記憶してたけど、ご飯の英語わかんない!」
「ハァアアア!?どーすんだよ俺らだけで!」
「あ!でもこれチキンって読むのはわかる!アポロ!」
チキン。意味は臆病者である。
NASAエイリアンズの監督をチキンで覚えてしまっている秋であった。
▪︎
アポロ監督のお陰でローストチキンを食す事が出来た2名は、それぞれの部屋に戻る為に来た道を戻っていた。
ちなみに費用はヒル魔持ち。否、脅迫手帳である。
「ヒル魔先輩のお陰でタダ飯にあり付けたね〜」
「いや、助かるけどな。アイツの情報網どーなってんだぁ?」
日本だけに留まらずアメリカの地ですらしっかり支配しているなんて驚きであるが、出会ったばかりの黒木とは違い秋は既に感覚が麻痺していた。
確かに改めて言われたら怖過ぎるな、と彼女は思った。
「中学の時は結構情報収集手伝ってたんだけどねー。ヒル魔先輩、まさか海外進出してるとは」
「とんでもねー奴と部活してんだなーって改めてビビるわ」
本気で引いてそうな黒木の呟きに、ねー。と相槌を打った秋。
トークテーマは知らぬ間にゲームの話になっていた。あれがやりたいとかこれがやりたいと合宿初日のビーチで話していたというのに、結局今夜日本に帰ってもすぐ新学期なのだ。
「結局何もしねぇで夏休み終わりか」
「帰ったら出来んじゃん!」
「お前は出来んだろーけどな、こっちは疲れてんだよ」
「飛行機で寝たらいいのにー!」
「そんなんで疲れ取れる訳ねーだろーが」
「あ、じゃあテトリス後半戦やる!?十文字と戸叶入れてトーナメント形式でやろーよー!」
「寝かせろ」
なんでこんなにコイツ元気なんだ、と一瞬思った黒木であるが、そりゃあそうである。
1ヶ月間トラックを押し続けていた黒木と、そのトラックに乗り続けていただけの秋である。疲労度合いが違うのは当たり前だ。
そう認識すると合宿中の秋の言動に改めてピキリとしてしまった黒木。文句でも言ってやろうと彼が口を開いたところで、廊下の先から秋を呼ぶ声が聞こえた。
「秋ちゃーん!」
丁度女子部屋の扉を開けて廊下に出て来たまもりと鈴音が此方へ手を振っている。
その存在を認識すると、まもり先輩だー!と秋は駆け足で彼女へ向かって行ってしまった。その為、黒木は口から吐き出そうとした文句を引っ込める選択肢しか選べなくなってしまった。
本当に自由奔放な奴だな、と駆けて行く秋の背中を黒木が眺めていると、彼女は思い出した様にあ!と言うと急に立ち止まった。
立ち止まった秋は黒木を振り返ると、彼に人懐っこい笑顔を向ける。
「黒木、お疲れ様!めーっちゃ頑張ったね!」
賞賛の言葉を元気に発すると、秋は返事も待たずにまもりたちの元へ駆けて行ってしまった。
廊下に1人取り残された黒木は少々面食らった後、照れ臭そうにボソリと声を漏らした。
「…おう」