05

「…悪かった」

目の前で睨み付けてくる新加入のマネージャーと、ちょっと苦手な先輩マネージャーの困った様な笑顔。無言の圧力というのはこういう事だろう。暫しの緊迫感の末に、十文字はやっと謝罪を口にした。

「じゃあ秋ちゃん、許したげよ!ほら!ね!仲直り!」

強化訓練で大変お疲れであろうハァハァ三兄弟長男、十文字一輝。疲労で座り込んでいた彼をとっ捕まえてのこの謝罪強要タイム。
悪いとは思ってはいる。思ってはいるが秋が怒るとうるさそうなので、お姉さんであるまもりは十文字にお願いするしかないのである。十文字が察してか折れてくれたので、まもりは秋に仲直りを促したのだが肝心の彼女は不機嫌顔。そして言い放つ。

「お前は!許してやらん事も!ない!」
「はぁ?」
「アンタらも!無視しただろ!」

魂の叫び!そのレベルの声の出し方で秋が指差したのは十文字と同じく疲れ切って座り込んでいた次男と三男。黒木と戸叶であった。

「ハ?」
「はぁあぁあ?」
「アンタらも尻餅ついたカワイソーなあたしを無視した!」
「仕方ねーだろが!あとまず誰だお前ェ!」
「まず謝罪しろ!」
「お前ェがまず名乗れ!」

ギャンギャン吠える秋と黒木、そして冷静な睨みを利かす戸叶で構成されたこの会話。ハァハァ三兄弟の3名は自主退部後のベンチプレス時も今日の部活開始時も秋を見ていない為、訓練中もなんか知らない女がヒル魔にこき使われてるなくらいにしか認識していなかったのだ。
そして先ほど直接顔を見て、この前部室で十文字が突き飛ばして尻餅付いてた他校の女子生徒だ、と認識したばかり。
それが急に泥門高校の生徒になって、しかも風貌もかなり悪い方にアップグレードされ、仕舞いにゃアメフト部のマネージャーになって喧嘩売って来る始末。疲れ散らかした不良くん達にとって、意味わからんすぎてピキるには材料が見事に揃っている。

「加賀秋ちゃん!ヒル魔くん達の中学時代の後輩だったの…!ね、栗田くん!」
「え…!あ、そうなんだ!ヒル魔が無理矢理転校させて、アメフト部のマネージャーになったんだよ!」

ピリつく空気を瞬時に察知し、まもりが秋の簡単な他己紹介をして隅っこで様子を伺っていた栗田にパスを回す。受け取った栗田のザックリとした経緯を聞くと、十文字が口を出した。

「…無理矢理転校?」

十文字のオウム返しに即座に反応したのは秋であった。

「そーなの!有り得なくない?」
「はぁあぁあ!?勝手に転校させるって出来んのかよ!」
「ヒル魔ならやりかねないな」
「それがやったワケ!まじ有り得ん!」
「お前、前の学校何処だ」
「王城!」
「ハ?」
「はぁ!?」
「はぁあぁあ!?」
「アンタらまじでハァハァ言うじゃん!ハァハァ三兄弟じゃん!」

うるせー!まじで王城?嘘だろバカだし、と三兄弟。
さっきまでのピリつきが嘘の様である。あの緊張感はヒル魔の悪口で朗らかになってしまった。やはり共通の敵がいると仲間意識が芽生えるのかもしれない。これには焦りを感じていたまもりも、チラホラ残っていた部員達も苦笑いしか起きなかった。


▪︎


そしてそんな翌日。筋肉痛に身体を蝕まれながらの登校を果たした秋。しっかり朝練をサボった事により同じクラスのモン太に早速心配されていた。

「ヒル魔先輩、怒りMAX!って感じだったぞ!放課後練ヤバいんじゃねーか?」
「初日から働かされまくった怒りがこっちもMAXでね!」
「お前もよくやるぜ、ヒル魔先輩相手に…」

呆れ半分、自分を持ってる!というプラス思考半分でモン太は考えていた。

「相手は悪魔じゃん?こっちも人間の域を超えて対応しないと戦えないの!」
「中学の頃からそんな感じなのか?」
「あったりまえよ!」

得意気にグッジョブサインをモン太に向ける秋だったが、サインを向けられた彼の表情は一気に青ざめて行った。
秋の視界には入らないが、モン太の視界にはしっかりとインしているのは教室の引き戸。その引き戸から顔を覗かせているのは渦中の人物ヒル魔妖一先輩であったからだ。
ヒュッ、と息を呑むモン太が恐る恐る指を刺す。

「お、おま、う、う…うし…」
「え?」

ガタガタ震えながら自身の後ろを指差すモン太の表情と、うし、というフレーズで秋は一瞬で現状を把握した。そして後ろを向かずにゆっくり立ち上がると、そのままモン太に顔を向けながら教室から全力疾走で逃げ出した。刹那、機関銃の乱射音とヒル魔の怒声が校舎内に響き渡ったのだった。

「こんの糞ビンボー!!いい加減にしやがれテメー!!」
「ごめんなさいーー!!!」

その逃げ足たるや否や。ヒル魔の行動パターンを大変熟知した、言葉通り"人間の域を超えた"対応力であったという。


▪︎


さて、アイシールド21もビックリな逃走劇を朝目撃したセナが、秋から今度逃げるアドバイスを貰おうと決意したなんて露知らず放課後練スタートである。
昨日も今日も追いかけ回されて流石に懲りたのか、不貞腐れ顔の秋が既にスポーツドリンク作りの準備を始めていた。これにはまもりもニッコリである。

「よぉ、お前朝練サボりやがったな」
「もーこっ酷く叱られたから蒸し返すな!」
「カッカッカッ!朝の逃走劇か」
「うるさー!アンタらのドリンク作ってやんないぞ!」

手を使って水飛沫をペッペッと、茶化して来る黒木と戸叶にお見舞いする秋。
昨日の辛辣さが嘘の様に彼女の周りにハァハァ三兄弟が自然と集まって行った為、まもりは更にニッコリになった。確かによく考えればお互いの治安の悪さ的には会話は盛り上がりそうである。これは決して悪い意味ではない。

「手ェ抜いたらまたヒル魔にどやされるぜ、お前」
「気付かれないよーに手ェ抜く!」
「無理だな」
「お前らもさっさと準備しろ」

十文字の一言で黒木と戸叶は、うぃーと気怠そうに部室へ足を向ける。さっさと行けー!とその背中に言葉を投げ付けつつ準備を進める秋へ、十文字が一言声を掛けた。

「よろしくな」

そう一言告げると十文字は黒木と戸叶と同じく部室へ向かって行ってしまった。
十文字のよろしく発言を受けた秋は、少し考えた末にひとつの可能性に行き着いたのだった。

「お前、もしやツンデレだろ!」

十文字一輝はツンデレであると。


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