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桃玄と金閣の時間は静止していた。
目の前で照れからか気不味そうにしている目の前の狸を凝視しながら、桃玄は過去矢四郎に言われた言葉を思い返していた。

"兄ちゃんが言っていたよ、金閣は姉さんに邪な気持ちがあるのだよって"

あの時はそんな阿呆なと思って跳ね除けたが、よくよく考えればその可能性は大いにあったのだ。
五山送り火の前に金閣と揉めた際「何故自分には優しく出来るのに家族にはしないのか?」と問い詰められた金閣がたじろいだのにも、これなら理由が付く。
「いや、しかし」と桃玄は考える。こいつは自分を騙して一服持った狸である。まだ信じられない。

「…正直に言うと、信じられないんですが」

絞り出した桃玄の言葉に金閣が「嘘ぉ!」と悲痛な声を上げた。

「酷いよ!一世一代の告白なのに!」
「私に一服盛る様な事をしておいて何が結婚ですか…!」
「そればっかりは言い返せないけれど…本当だよ!」

さっきまで照れ混じりだった金閣の表情は一変し、必死な物になった。
この様子からデマカセではないのかもしれないと一応考えた桃玄は、恐る恐る「いつから?」と問かけ、それに金閣は気不味そうに「うんと前から」と答えた。
うんと前ということは、それは子供の頃ということなのか?と桃玄は必死に過去の記憶をかき集めた。
小さい頃は下駄を履いている事をしつこく茶化されたし、女らしくないと散々言われて来た。ふと気付いた時にはそこまで意地悪をされない今の対応になっており、桃玄も徐々に心を開いていき今の関係性に落ち着いたのだ。しかし好意を向けられるきっかけが全くわからない。
中々思い出せないでいる桃玄に痺れを切らした金閣が渋々口を開いた。

「…四条大橋で、君を嫁に貰ってあげるって茶化した事があるでしょ」

金閣の言葉を聞き、徐々に思い出す幼き頃の記憶。
まだ子狸だった頃、四条大橋を徘徊していた桃玄が金閣銀閣に絡まれて追いかけっこ状態になった事があった。桃玄は非常に驚いた。

「え!あんな小さい頃から…?」
「あの時の僕は意地悪のつもりで言ったんだけど、君が…」

じわじわと桃玄の脳内に戻されて行く過去の出来事。
金閣銀閣に何か難癖を付けられて桃玄は怒ったような気がする。そうしたら先程金閣が言った通り彼はプロポーズの様な事を言って彼女を茶化した。少し年下の子狸からの突然のプロポーズに桃玄は大いに照れたのだ。

「…私が、照れたから…?」

桃玄が記憶を頼りに躊躇い半分で尋ねると、金閣は彼女へ視線をチラチラ向けたり外したりした後「…うん」と頷いた。
これには桃玄も頭を抱えるしかなかった。数分前のあの落ち込んだ感情から一気に真逆の様な感情にされるなんて、まるでジェットコースターに乗っているかの様な高低差だ。
頭が未だ追い付かず混乱気味な桃玄は、声を荒げた。

「なんて初心なんですか…!」
「だって子供の頃だもの。仕方ないじゃないか」

ぶっきらぼうに言い返して来た金閣。
しかし桃玄は混乱故、今起きた出来事を脳内でひとつずつまとめるのに必死であった。
まず金閣は明日の偽右衛門選挙の為に桃玄を軟禁した。軟禁した理由を金閣は話さないが、きっと明日矢一郎に対して何か悪巧みをするのだと思われる。そこまでする程何故偽右衛門に拘るのかと金閣に尋ねると、彼は桃玄が好きだからと仰天白状をした。
そこまでまとめて訳がわからなくなった桃玄。

「金閣。私を好いているのはもうわかりましたが、貴方が偽右衛門に拘る理由にはなりませんよ」

桃玄が言うと金閣は少しの間の後、大きなため息を吐き出すと返事した。長年ウチに秘めていた感情を炸裂させた彼は、どこか吹っ切れた様子であった。

「父上が偽右衛門になったら、君と許婚になれる様に執り成してくれるんだ」

桃玄は思わず呆気にとられる。

「そんな事の為に…?」
「君からするとそんな事と思うだろうけどね。僕にとっては大きい事なんだよ!」

金閣は、早雲が偽右衛門になる事で自分にとってどんな利益があるのかという説明をし始めた。

「僕らには家柄の問題があるけれど、叔父さんは書面一つで海星と矢三郎を許婚にしただろう。偽右衛門という立場があるからそれが出来たんだ。縦横自在という奴だね」
「…理由としてはわかりましたが、納得はいきません」
「だから申し訳ないと思ってるよ。でも僕には父上に従う以外の選択肢がないんだ。明日の偽右衛門選挙で勝たなければ父上が僕らが許婚になるのを許す訳がないし…」

何故か勝手に許婚になるという大前提になっている事に桃玄は自身の毛が逆撫でされる感覚に陥った。「ちょっと待ってください」と金閣の演説にストップを掛けると、桃玄は問い掛けた。

「金閣、私の気持ちはどうなるんですか。貴方にとって、私の気持ちなんてどうでもいいの?」

桃玄に問われた金閣は、急にシュンとして眉を下げた。

「こんな事をしでかしている自覚はあるから、正直に言うと君の返事を聞くのが怖い…」

そう言って視線を落とした金閣。
しかし、今し方金閣が発した「こんな事をしでかしている」という意味深な言葉に、桃玄は妙な胸騒ぎを覚えた。
ごくりと生唾を飲み込むと、桃玄は恐々と金閣に問い掛けた。

「…明日の選挙に勝つ為に、貴方は何をしようとしてるの」

大いにビクリとした金閣は、桃玄からフッと視線を逸らして返事をしなかった。
その反応を見て桃玄は確信した。
こいつは自分に言えないとんでもない事を矢一郎にしようとしている。ドクドクと自身の心臓の音がやけにハッキリと彼女の耳に届いた。
何をしようとしてる。夷川の連中は一体何を企んでいる?
こうなったら何が何でも情報を引き摺り出さねば、と桃玄は腹を括った。
目の前で居心地悪そうに真下を見詰める金閣の左手に、桃玄はそっと自分の両手を沿わせた。突然の事に金閣がハッとして二匹の目線が再び合わさる。

「金閣、お願い」

今にでも接吻してしまいそうな距離間に驚いたのか、金閣の頬が徐々に真っ赤に染まり彼の身体がピシリと固まった。何が起きているのかわからなくなる程取り乱しているのだろう。
「父上、女としてなんたる不埒な行動でしょうか…!しかし我が兄上の危機!お許しください!」
しかし同じ様に桃玄も内心取り乱しており、脳内で亡き父・総一郎に許しを乞うていたところである。
女という立場に劣等感を抱いていた桃玄が、長兄の危機を察して初めて女の武器である「色仕掛け」を使った瞬間であった。

「駄目だよ桃玄…!き、君は嫁入り前の女の子なんだよ…!」

しかしそれでも金閣は折れなかった。
固く目を瞑り真っ赤になった顔を背けて抵抗し、仕舞いにゃ説教までして来たので「誰のせいだ」と桃玄はムッとした。
そうして桃玄は次の「色仕掛け」を思案した。背に腹はかえられぬ。やってやるコンチクショウ。彼女は大いに奮起した。
金閣のお気に入りのスカーフを右手でガシリと鷲掴みにすると、桃玄はそっぽを向いていた彼の顔を強制的に此方へ向かせた。

「だ…駄目だってば〜〜ッ!」
「教えないと嫁入り前の女に接吻をする様な不埒な狸になりますよ…!」
「まだ駄目だよ!まだ婚約もしてないのに…!」
「さっさと吐きなさい!本当にしてしまいますよ!」
「いずれ出来るから…!今はまだ待って…!桃玄!オネガイ!」
「この阿呆!接吻がしたい訳じゃないですよ!」

グギギギと踏ん張って顔を背け続ける金閣と、スカーフをひたすら引っ張り接吻を脅しに使う桃玄の戦いはその後暫く続き、結果金閣がギブアップする事で終焉を迎えた。


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2025 12.08