イケてる狸の贈り物
夷川家の次男、夷川呉二郎という狸は非常に浮かれていた。
彼は幼い頃から親戚の雌狸に一途に片想いをしているのだが、想いを告げるには色々な障害があり悩み散らかしていたのだ。
夷川家とその親戚の家系は長い事いがみ合っている犬猿の仲であり、自身の父である早雲はその親戚を誰よりも憎んでいた。
つまりこの環境ではどれだけ好いていようとも、その雌狸との進展は望めないということだ。
しかし何と言うことか。妹である海星がその親戚家系の三男坊と許婚となった。
狸界を納める偽右衛門がそう決めたからだ。
呉二郎は大いに悩み、妬ましく思った。
何故偽右衛門がその様に決めてしまったのかは知らないが、許婚にするのなら自分と意中の雌狸にして欲しかった。
その許婚関係も、偽右衛門が亡くなると同時に早雲が取り消してしまったのだが。
好いたその雌狸とは友人として良好な関係を築いていたが、好意があるとバレるのは非常に頂けなかった。
呉二郎とその親戚家系の狸は果てしなく仲が悪く、顔を合わせる度に喧嘩が絶えなかったからだ。
その雌狸を長いこと好いているなんてバレたら喧嘩の際に不利になる。それは非常に頂けない。
そんな関係を長い事続けて来た呉二郎だったが、とある事件がきっかけでその雌狸に気持ちをぶち撒けてしまう事態が発生し、同時に今までの比ではない程彼女を怒らせてしまう事態も発生してしまった。
弟の呉三郎とその後彼女へ謝罪に出向いたのだが、彼女は自分の好意を認識した上で自分達を許してくれたのだ。
「これはとどのつまり相思相愛だ、と頭脳明晰なこの僕は確信したね!」
夷川呉二郎。通称・金閣は高らかに宣言した。
「兄さんはそんな事までわかってしまうんだね!もう、拍手喝采!」
夷川呉三郎。通称・銀閣は兄の宣言を誇らしいと心底思い、パチパチと拍手を捧げた。
「けれど、桃玄の事を好いているなら僕にはもっと前から教えて欲しかったよ」
そう言いつつも、兄の片想いは非常にわかりやすかった為銀閣は先刻ご承知であった。なんだったら妹の海星すら知っているし、夷川親衛隊も知っている。きっと早雲も知っている筈だと銀閣は思っていた。
バレていないと思っているのは金閣本人だけである。
しかし銀閣は態々そんな事馬鹿正直に本人に言わない。兄を尊敬しているからだ。
銀閣の言葉に金閣は少しだけ照れ臭そうに返事した。
「悪いとは思ってるさ。けれど、僕らには家柄の問題もあるからね」
「それはそうだね。僕らの間柄じゃあ簡単にいかないもの。父上だってどう思うかわからないし」
今は行方知らずの父の話題を出すと、金閣は頬をポリポリと掻いて「えぇっと」と言葉を濁した。
「実を言うと、父上とはその件で何度か話していたんだ。父上が偽右衛門になったら桃玄との関係を執り成してくれるって」
金閣のぶっちゃけた話に銀閣は「えー!」と歓喜の声を上げた。
自分たちですら金閣の気持ちに気付いていたのだから早雲が気付かない筈はないと思っていたが、まさかそこまで話が進んでいたとは。と、銀閣。
あの日矢二郎がニセ叡山電車に化けて暴れ回らなければ、早雲が次期偽右衛門になり、そうして金閣の長い長い片想いに終止符が打たれていたのか、と銀閣はなんとも言えない感情になった。
「計画はおじゃんになっちゃったし父上はいなくなってしまったけれど、結果的に兄さんが桃玄と上手く行きそうで僕は嬉しいよ」
「それでだよ、銀閣」
急に真面目な顔をして自分を呼んだ金閣に、銀閣は「なんだい」と不思議そうに返事した。
「僕は高潔無比な狸ではあるけれど、念には念を入れたいと思っているんだ」
「素晴らしいよ、兄さん」
「桃玄に贈り物をしたいんだ。あの子はニセ電気ブランが大好きだけど、お酒以外の物を贈ってあげたい」
「兄さんはどれだけ完璧な狸なんだい!僕はあんまり感動し過ぎて涙が出そうだよ」
「僕はスマートで余裕のあるイケてる狸だからね、桃玄が欲しがりそうな物がわかったのさ」
「僕には全然見当も付かないよ。やっぱり兄さんはすごいや!一体何を贈るんだい?」
銀閣が誉めちぎるので、金閣はラッピングされた袋を取り出した。小さな箱だった。
しっかり既に購入済みなのに驚いたが、これでは中身がわからない。「中身は?」と銀閣が短く尋ねると、金閣は「靴下さ!」と自信満々に答えた。
「桃玄はいつも裸足で下駄を履いているだろう。僕は寒そうで仕方がなかったんだ」
そう解説を付け加える金閣。
しかし銀閣は予想していた女性への贈り物ではなかった事に肩透かしを喰らっていた。
銀閣もそういう事に決して詳しい訳ではないが、初めて物を贈るならアクセサリー類や花束かと考えていたのである。咄嗟に「冷えは万病の元だもんね!」と言ってしまったが、果たして桃玄は喜ぶのだろうか。
▪︎
金閣が桃玄へ贈り物をしたのはあれから少し間が空いてからだった。
彼が照れて連絡するのを渋った為だ。
出町柳駅の近くにあるカフェに呼び出された桃玄は、中々呼び出した理由を明かさない金閣にヤキモキしている真っ最中であった。
「天候の話なんて興味がありません。貴方が今日呼び出した理由を早く言ってください」
亡き母、そして海星以外の女性という生き物に産まれて初めて贈り物をするというプレッシャーから、金閣は意味不明な程緊張していた。
目が泳いでるは落ち着きがないわ、仕舞いには「京の底冷えがうんたら」「今晩の天候がうんたら」と延々に話していた。
スマートで余裕のあるイケてる狸とは程遠い姿であるが、桃玄からしたらいつも通り可笑しな振る舞いしかしていない金閣であるのでなんら不思議な現状ではないのだが。
「そ、そそそそそう?いやぁ〜、毎年この時期になると寒いでしょう?君は思わないの?」
「まぁ、寒いとは思いますけど」
「でしょう?ほ、ほら君って一年中素足じゃない。一応、防寒対策があっても良いんじゃないかなと思って…」
段々と尻窄みになって行く金閣の言葉に桃玄は不思議そうな顔をした。
彼女は一年中パーカーに短パン、そして素足に下駄という妙ちくりんなスタイルに化けている。しかし忘れてならないのは、これは化けた姿なだけだと言う事だ。
彼らには狸特有の自慢の毛皮がある。この極寒の中人間が素足で歩き回っているのとは訳が違うのだ。
確かに「見るだけで寒そうだ」と矢一郎に小言を言われたり、母には「もっと暖かそうな姿に化けなさい」と苦言を呈されたり等はしているが結局そんなに大した変化はないのであまり気にしたことがなかった。
それが同じ狸に防寒具の心配までされてしまうとは、と桃玄は不思議な気持ちでいっぱいになっていたので「はぁ」と曖昧な相槌を打つしかない。
「それで?」
「そ、それで…。色々と迷惑をかけたから君に贈り物がしたくって、これ…」
そう言って金閣が控えめに突き出して来たラッピングされた箱。
照れ臭そうな顔の金閣と、突き出されたプレゼントを視界に入れると桃玄の中でまた新しい感情が生まれてしまい、いつの日かと同じ様になんとか仏頂面で上書きした。
こんなに必死になってくれるというのだから貰わないのも可哀想なので、桃玄はそのプレゼントを有り難く頂戴する事にした。
「あ、ありがとうございます」
言ってプレゼントを受け取ると、金閣は分かりやすく表情を明るくした。
なんだか妙に照れてしまう事に桃玄も戸惑っていた。きっと彼が自分を好いているのを知っているからだろうが。
金閣もその話題を自分から出さないので、こちらから触れるのも悪いと思って桃玄も言い出せないでいた。故のこの気恥ずかしさである。
その気恥ずかしさからアクションを起こさないとと焦り、桃玄は「開けて良いですか?」と許可を取りプレゼントの包装を解いた。
「靴下?」
ここで漸く桃玄は、金閣が天候の話ばかりしていた理由を知った。
なんとか寒い、から防寒具、そして良ければ靴下いる?に繋げたかったのだろう。
そう考えるとなんだかこの目の前の狸が愛らしく思えてしまって、桃玄は吹き出した。
「え!なんでぇ?どうして笑うの!」
クスクス笑い始めた桃玄に戸惑って金閣が取り乱した。「だって可笑しくって」と笑いながら返事をした桃玄に、金閣は余計に戸惑った。
「やっぱりニセ電気ブランのが良かった…?」
「それも頂きたいところではありますが、ちゃんと嬉しいですよ」
桃玄の感想を聞けると、漸く金閣は安心した。散々悩んで買ったのだ、ニセ電気ブランのが良かったと言われたらダメージがエゲツない。
金閣がそんな事を考えているとはつゆ知らず、彼女は箱の中に入った靴下へ視線を向けていた。下駄を好んで履く桃玄に合わせて、しっかり足袋の形をした靴下である。
人間の友人からプレゼントをもらう事はあっても、狸から貰ったのは初めてだった。
しかも金閣からの仲直りの品。正直嬉しいというのが桃玄の本音である。
「金閣、ありがとうございます」
▪︎
その日から足袋靴下を履きご機嫌に洛中を徘徊する桃玄の姿が目撃されたのだが、それを知ると金閣は限り無い喜びに満ち溢れ銀閣と晩酌をしてしまったらしい。
長い事季節に関係せず素足に下駄という独自のスタイルを貫いて来た彼女のその変化に、家族は大いに不思議がった。
「姉ちゃん、靴下どうしたの?可愛いね」
「そうですか?ただの防寒具ですよ」
矢四郎に尋ねられると、口調は素っ気ないし可愛いなんて一言も言わないのに、桃玄は時折自身の足元へ視線を落とし何処か嬉しそうにしていた。
勿論、彼女の周りにいる人間の友人達にも不思議がられた。
「靴下買ったの?寒いもんね」
「貰ったので、履かないのも申し訳ないですからね」
人間の友人に尋ねられると、やはり口調は素っ気ないものの桃玄は何処か嬉しそうであった。
靴下を贈るという行動には人間たちの間で意味があるらしく、それは「心を許しています」そして「私を好きにして」というもの。
桃玄のあの様子を見ると、家族に貰った訳ではなさそうだと解釈され「これは男から貰ったに違いない」と、彼女の周りの人間たちでまことしやかに囁かれたのだった。
ちなみに、そんな意味があるのだとは貰った桃玄は勿論、贈った金閣も知らない。
………
2026 01.05