
09
デイシャと、マリと合流したのは良かったものの、ティエドール元帥の目撃情報というか、御本人の定期報告があった場所には、もうその姿はなく、ただ、アクマだけがわたし達への足止めのようにたくさん、配置されていた。
アクマに囲まれ分断されてしまったこの状況の中で、夜明けまでに、マリのところへ集合。ユウの指示を聞いたは良かったものの、どうにもわたしには分が悪い。
とりあえず、ユウか、デイシャと合流することを目的にした方が良さそうだ。攻撃力の乏しいわたしのイノセンスでは、一人で大量のアクマを相手取るのは危険だ。
本当はユウのところへ向かうのが一番なのだろうけれど、わたしはデイシャと、合流することにした。
今のわたしからはユウやマリよりも、ディシャのところが一番近い。それに、発動まで少しの時間を要するデイシャのイノセンスには、わたしのような補助役がいた方がいいだろう。
彼本人はわたしのことをいつもからかってくるからちょっと苦手なのだけれど、こんな時だ。そんな事を言っている場合ではない。
第二解放で周りにいたアクマを蹴散らし、それだけでズキリと痛むひ弱なわたしの体に呆れながら、さっさとその場をあとにする。次が来たら大変だ。今すぐまたイノセンスを解放したら、わたしの体はもたないだろう。
今、ここにいたアクマは全てレベル一だったから良かった。けれど、レベル二からはわたし一人では倒せたところで、その後動けなくなってしまうだろう。
だから、早くデイシャと合流しなければならない。
「え……?」
イノセンスを握る手に、大きく力が入る。
目の前に広がる光景に何も、考えたくなくなる。
わたしは、デイシャがいるはずの通りに到着した。
大きな広場に面したそこには、デイシャが、生きて、いるはずだった。
一瞬、彼は眠っているのかと思った。そこに鉄臭い赤色は広がっていなかった。石造りの建物はあちこちめちゃくちゃに破壊こそされていたものの、破壊され尽くしたその場所の中心にいる彼は、とても安らかな表情を浮かべていた。
ゆっくりと近寄って、その頬に触れる。
冷たい。
薄く開いた瞼や開きっぱなしの唇が、彼がもう死んでいるということをわたしに告げていた。
わたしをからかいにからかうあの軽薄な声を聞くことも、彼の軽口にわたしが怒ってみせるいつものやり取りも、なにもかも、もう、叶わない。
彼はもういない。
周りにはアクマの気配に満ちていた。わたしにそれを察知する特別な力なんてないけれど、なんとなくわかってしまう。
後ろから、それは迫っている。呆然として動けないままじゃ、わたしまで殺される。
きつく握りしめたグラスの周囲から音もなく霧が出る。わたしの第三解放。
しとしとと静かに降る雨が、アクマを溶かす。こんなことをして、後でどうなるか分かったものじゃないけれど、止められない。彼の穏やかな死に顔が、何故かどうしてか、アルマと被る。
全部なくなつってしまえば、と思った。全部、全部溶けて消えてしまえば良いのに。わたしがそう思えば思うほど、イノセンスの降らせる雨は激しくなる。手の中のグラスはどんどん熱く震えて、少しだけ形を変える。
何となく分かった。これが、臨界点を超えたという事なんだろう。
「わたしってば相変わらず、シンクロ率だけは高いなぁ」
唇が勝手につり上がって、笑みをつくるのに、涙が溢れて止まらなかった。泣いてることがアクマにバレないように、じっと下を向く。その間にも雨は降り続いていて、どんどん激しくなるその勢いにわたしの方が流されてしまいそうだった。
暫くして顔を上げると、そこには何もいなかった。あれだけ居たはずのアクマの姿は既になく、デイシャの遺体とわたしだけ。彼のイノセンスはとっくに持ち去られていた。
とにかく今は、彼の遺体を担いで、今度こそ、マリのところを目指さなくては。
そうは思うのに、体は意思に反してうまく動いてくれない。どうして、動いてくれないのだろう。わたしの体ってば、なんてできそこないなんだろうか。口の中で血の味がして耐えきれずに咳き込むと、口の端からぽたぽた、赤い血が垂れてきた。
イノセンスの解放の代償が訪れたのだ。これが訪れることに、シンクロ率はあまり関係がない。イノセンスの大きな力に、わたしの貧弱すぎる体の方が耐えきれていない。これは、ただそれだけのことだからだ。
まさか、第三解放まで使うことになるとは思わなかった。これを最後に使ったのはいつの頃だろう。多分、ティエドール元帥に拾われて、すぐの頃だ。あの頃のわたしは、自分なんて早く死ねばいいと、一度の発動で何度も、命を削る使い方をしていた。
イノセンスの解放は本当に危険な時だけ。幾度も幾度も解放しているといつか、わたしの体の方がもたなくなってしまうから。エドガーとしたその約束を破って、血を吐きながら倒れることだって、稀ではなかった。
「ああもう、動けないや」
透明なグラスから少し形が変わって、硝子細工の花みたいに咲くイノセンスを諸共に、倒れ込む。体も心も、限界らしくてどうにも動けない。少しだけ、少し休めば体はどうにかなる筈だから。だから少しだけ、休ませてほしい。
イノセンスが発する淡い光をぼんやり見つめながら、わたしは泣いていた。
悲しくて、苦しくて、もう一歩も動けそうになかった。