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03

「リナリー!」
アレンくんが耳を劈くような大声で叫ぶ。
珍しく焦ったティエドール元帥の声とアレンくんを呼ぶラビの声が、重なって聞こえた。
突然地面に開いた大きな穴に飲み込まれていくリナリーの手をとろうと腕を伸ばしたわたしも、穴から噴き出す、目も開けていられない光に飲まれてしまった。
光にくらんで目を閉じると、体がふと浮遊感を感じた。そしてそのまま勢いをつけて、風に煽られながらわたしの体は真っ逆さまに落ちていく。
目を開ける間も叫ぶ間もなくドサッと大きな音を立てて体には衝撃が伝わってくる。何がなんだか、と目を開いた途端に今度はわたしの背中に誰かが落ちてきて、衝撃に思わず変な声が出てしまった。
「痛った……」
「つ、潰れるー!」
背中の圧迫感にくらくらしているとわたしの真下でアレンくんがそれこそ潰れたカエルのようになっていて、なんとなく状況が理解出来た。
どうやらあの穴に吸い込まれたのはわたしとリナリーだけではなかったらしい。
わたしの背中にのしかかるとんでもない重さを考えても結構な人数がいるに違いない。
ほうほうのていで抜け出してみるとリナリーとアレンくん、わたしのほかにユウとラビ、それからクロス部隊に居た、長身で吸血鬼を思わせるマントの男の人と、元気の良さそうな、わたしと同い年くらいの男の子がいた。残念ながら自己紹介の前なので、彼らの名前をわたしは知らなかった。
上に男の人が四人も乗っていたのか、と考えると自分が潰れなかったことが奇跡のようだ。
苦い顔をしながら放り出された場所を見てみる。白い、不自然なほど白く綺麗な建物が立ち並ぶ不思議な街並みが辺り一面に広がっていた。
階段状に大小の建物が入り乱れる街の中には、当然人の気配はない。何もかもに現実味が薄くて、絵画の中に入り込んでしまったような違和感があった。
遠くまで見渡してみると何の変哲もない町のようにも見えたけれど、人の気配が全くしない街にはどこか異質で奇妙な雰囲気が拭いきれなかった。
さっきから次々と状況が変わっていくせいで、何が起きているのか、頭がついていっていない。気を失っていたわたしは、この場にいる初対面の人の名前すら知らないのである。
とりあえずユウの隣できょろきょろしていたけれど、ラビが見つけたおかしなカボチャの形をした人形の飾りがついた傘が、千年伯爵の声で喋りはじめて、空気が変わった。
曰く、ここはこれから廃棄されるノアの方舟で、端からどんどん崩壊していく。三時間で全てが消えてなくなり、崩壊に巻き込まれるわたしたちも消えてしまう。
突然のことに呆然としているわたしをよそに、話はどんどん進んで行った。
「ロード」というノアの能力で出来た扉が、この町で一番高いところにある。生き残るにはそこに辿り着かねばならないのだという、
わたしたちにそれを教えてくれた青年のノアは、アレンくんに対して随分と親しげで、それがまるで友人か何かに接するようにも見えたから、不思議だ。ユウは彼から殺気が剥き出しだと言うけれど、生憎わたしは壊滅的に鈍いのでそれを感じとることはできなかった。先程彼に容赦なく投げ飛ばされて、体を一度ダメにしたばかりだというのに。
きらきらした結晶の中に閉じ込められてからというもの足がうまく動かないらしいリナリーを支えて走りながら、さっきのノアが与えてくれた出口を全員で目指すことになった。
途中、ようやく自己紹介だけすることが出来て、黒いマントを羽織ったエクソシストの男の人がクロウリー、少年のほうがチャオジーと名乗ってくれた。
リナリーの髪が短くなってしまった訳だとか、彼女の足に浮かび上がる丸い模様がなんなのかとか、流石にそこまで聞く余裕はなかった。けれど、こんな状況の中でも少しは打ち解けることが出来たようだ。
絶対脱出しようね。皆でそんなふうに手を合わせた。もちろんユウ以外だけど。
でもやっぱり、わたしはちょっとどうにかしているのかもしれない。こんな一大事なのに、思考はどこか遠くに飛んでいる。さっきまでの、沈んだ気分がまだどこかに行っていないのだろう。本当に、どうかしている。

***

ノアが渡してきた鍵を使って開いた扉の先に広がっていたのは、本当に不可思議な空間だった。一体何がどうなっているのか、馬鹿なわたしにも分かる。物理法則を無視したようなぐちゃぐちゃの空間に広がる岩場が妙にアンバランスだ。
わたしと繋がれたままのリナリーの手はいつもよりも冷たくて、たよりない。どうにかして暖めてあげたいのにわたしにできることが幾らもないのが苦しいばかりだ。
この空間は、なんだろうか。戸惑いの中で辺りを見回すわたし達の目に、不可思議な人影が映る。
彼はノアだ。まるで足止めと言わんばかりに現れたノアは、なんという運命のいたずらか。一番はじめに現れたのは、ティエドール元帥についてきていた、あの大柄の男だった。
「こいつは、俺がやる」
前に出て、六幻を構えてユウが言い放った。
これだけの人数がいるとして、全員でいちいち相手をしていたらきっと、間に合わない。
それだけはわかる。
だからユウは技を使ってまでみんなを先に逃がしたのだ。ほかの感情があるかないかはわたしなんかには到底わからないけど。もしかしたらただ単に負けず嫌いみたいな、そういう感じなのかもしれないけど。
「アレンくん、リナリーを頼むね」
「え?」
「わたし、あっちに戻るから」
握りしめていたリナリーの手を離し、次の扉を開けようとする皆に声をかける。少し冷たい、けれど確かに暖かなリナリーの体温が離れるのが少しだけ寂しかったけれど、わたしはそれより、向こうに行かなければならない。
何で来た、と問いかけるユウに、「ユウが残るならわたしも残る。だって、一緒だもの。ね、いいでしょ」なんて、馬鹿みたいなことを言ってはにかむ。
頭に聖痕のある、褐色のノアが迫ってきて。わたしたちの会話は引き裂かれた。
どうやら、彼の能力は雷らしい。今回、どこまでもわたしには相性が悪い。
「お前はサポートに回れよ」
「当然。雷に攻撃なんてできないわ」
ちょっとだけユウと背中を合わせてから、すぐに攻撃を避けるために離れた。
ユウと二人。相手はノア。
アクマが相手でないことだけが普段と違うが、それでもわりと、いつも通りの戦いだ。
なのに何だか、わたしの心はいつもと少し違った。