
04
「ねぇ、セカンドって二人とも居る?」
妙に軽いノリの声が辺りに響き渡る。
目の前に立つのは、褐色肌の見知らぬ男だった。
アジア支部から呼ばれたわたしとユウが、二人一緒に向かった任務は、防衛戦だ。
勝てるのかもわからない、終わりの見えない戦い。以前、前の本部でわたしの両腕を吹き飛ばしたレベル四がいくらでも沸いてでるような激しい戦いがあちこちで巻き起こっている。
乾いた風が頬を嬲って、随分伸びた髪の毛がばらばらと目の前に揺れている。
もう既にぼろぼろだったわたしの右足が、突然なにか、銃弾のようなものに撃ち抜かれた。
一体、何が起こったんだろう?
疑問を感じる暇も何もなかった。一つ間を置いて血が吹き出して、痛みがわたしを追ってくる。目の前の男はノアだ。
「こっちは何かヨワイんでしょ? じゃあ頭は吹っ飛ばさない方が良いよね」
こっちは。
何かと対応させるような言い方にハッとする。わたしがそういう言い方をされる時は大抵、ユウと比べられる時だ。ユウは今、この近くにいるはずだ。足をなくして上手く立てないわたしでは、ユウの姿を見つけられない。
そして、このノアは今、なんと言った?
頭を吹っ飛ばす。
ユウの頭を? 呆然として、思考がうまく追いつかない。ただどくどくと血の流れ出る右足の感覚ばかりが、焼き付くように頭に昇ってくる。
あーでも起きてられると面倒だなぁ。
男が面倒そうにぼやく。わたしの頭はこの男の言葉に、うまくついて行ってくれない。どうしてこんなにポンコツなのだろうと嫌になる。でも、嫌になっている場合ではない。
どういうこと、なにが、どうなっているんだ。
ちらりちらりと視界の端に映る薄黄色のアクマのせいで周りの人達も動けないのだろう。
「ナノ!」
誰かがわたしの名前を叫ぶ。これは、誰の声だろう。そうだ、サードの人の声だ。それに気づくと同時に頭がどん、と吹き飛ばされて、これは、一回死んだなぁと思った。
***
短い夢を見ていた。
真っ白な石の柱が、大きな音を立てながら崩れ落ちていく。
あちこちひび割れて、柱も外壁も砕けてなぎ倒されて、ぐちゃぐちゃの廃墟と、真っ白な廃墟をきらきらと照らす太陽の光。
廃墟の中には女性が倒れていて、わたしは死に物狂いでその女性に駆け寄った。嫌だ、お願い、死なないで。誰かもわからない女性なのに、わたしはそればかりを思って、女性のもとへ駆ける。
「ねぇ、」
真っ白な女性の頬に、赤い血がどろどろと流れ出ていた。彼女の腹部には大きな穴が空いている。真っ黒な団服がしとどに濡れて、廃墟の白い石を、赤く染めていく。彼女がもう、助からないのは明白だった。
初めて目にする彼女の横たわる姿が、動かなくなったアルマの姿にどうしてか重なった。
艶っぽい唇にべっとりと鮮血の紅を載せながら笑う彼女と、血塗れでユウに散々突き刺されてそれでも満足気な顔で微笑んでいたアルマの姿が、同じもののように映る。
「やだ、姉さん、死なないでよ。わたしを、おいて行かないでよ!」
「――、貴方だけは生きていてほしいの。あの人も死んでしまったけれど、貴方は、生きていてね。私の大事な妹……」
お願いだから生きていて、こっちに来るのは、おばあちゃんになってからじゃないと嫌よ。
金色の綺麗な髪の毛をべっとりと赤く染めながら、女性は、姉は、そうして息絶えた。
最後まで「わたし」に、生きていてと繰り返す彼女はいっそのこと狂ってしまったかのようで、そうだ、と「わたし」は気づく。姉は、あの人が死んでしまった時から、おかしくなってしまっていた。
あの人というのは「わたし」の義兄だった。姉の恋人、同じ、エクソシスト。
つい最近の戦場で、死んでしまった人。
この目の前の女性の名前も、義兄という認識の男性の顔も、自分の顔すら思い出せないというのに、わたしはどうしてか、それを知っていた。
姉の満足気な微笑みを見詰めながら「わたし」は泣き叫んでいた。
「いや、嫌よ姉さん! わたしを、一人にしないでよ」
動かなくなった姉を前に、わたしは狂ったように叫ぶ。喉が焼き切れるほど、一人にしないでと声をあげる。
今のわたしのそれとは似ても似つかぬ、淡い色をした髪の毛が、きらきらと星屑みたいに光っていた。