羽根ペンとパンジー

 分厚いこの扉が今は有り難く感じてしまう。

「……はぁ。どうしよう」

 今日は上司の誕生日だ。

 たがらといって取り分け大した事もせず。職場のみんな普通に過ごし、その上司も多分その日が自分の誕生日だという事も忘れているのだが。
 私は今年みんなと同じように、普通に過ごすという事が出来ないでいた。

「……うう」

 上司の――長官室の目の前までやって来ている私は、唸り声を上げながら、目線の先にある青い石造りの扉を見ていた。

「ふぅ……」

 何時までもただ見ている訳にはいかないと思い、観念した様に、ため息にも似たものをひとつ吐くと、その石造りの重い扉を開いた。






「あ……」

 あんなに思い悩んでいた重い扉が開いた先は、やっぱり先程まで私の脳内を支配していた長官で、私はその人物を見つけた瞬間頼りない声を上げた。

「あ? 何だ名前じゃねェか。なんか用か?」

 視線の先にいる人物は、そんな間抜けな声を上げた私に不思議そうに言った。

「ち、長官……あ、えっと」

 後ろ手に扉を閉め、その片手にはあるモノを隠すようにしながら、長官のいる机まで歩いて行った。


「で? なんか用か?」

 机の前まで私が行くと、長官は何かの書類に書き込みをしている最中らしく羽ペンをインクの近くにあるケースに置くと、先ほどと同じ問いを投げ掛けた。


「え、えっと。……」
「名前さっきからずっとその調子じゃねェか。どうしたんだ?」

 私が言葉に詰まり下を向いていると、長官は少し困惑した声でそう言った。

「っち、長官!!」
「ウオッ! なんだ急にでけェ声出しやがって!」

 息を吸い込み力一杯そう呼ぶと、長官は驚いた。だが今の私にはそんな事に一々構っていられない。
 そしてもう一呼吸置いて、後ろ手に握っているモノを壊さぬようもう一度握り直すと、意を決して言った。

「今日、長官の誕生日ですよね?」
「は?」

 正に拍子抜け。その言葉が今の長官から感じ取れる。

「いや、は?じゃなくて……」
「誰でもなるだろ、今の流れだったら。……あー、そうだったかァ?」

 そう言うと長官は、机の上に置いてある2月のままになっているカレンダーを捲った。

「そ、そうですよ。自分の誕生日くらい覚えといてください」

 私から質問をしといて言うのはおかしいと思ったが、自然と口から出ていた。

「別にどうってことねェだろ? この歳になって誕生日祝ったりもねェし」
「どうってことありますよ!」
「へ?」

 私は何故か長官の言う言葉に悲しくなった。

「だって誕生日ですよ? 長官が生まれた日じゃないですか! 祝うのが当たり前じゃないですか!」

 半分泣きそうになりながらそう言った。
 いくら私達CP9が政府の暗躍機関として、暗殺なんて物騒な仕事をしていようが、自分の上司の生まれた日を祝いたい気持ちはある。
 矛盾しているなんて百も承知だ。

 だけど私だって人間だし、一人の女だ。

「お、お前なに言ってんだよ」
「うるさいです! 長官がそんな事言うからです!」

 自棄になりつつバンッと机の上に、さっきまで後ろに回した私の手のひらにあったモノを置いた。

「な、なにコレ?」

 長官がきょとんとした顔でそれを見つめた。

「誕生日プレゼント!」

 それに私は何故か怒りながら答えた。

「誕生日プレゼント? って何で名前怒ってんだよ?」
「知りません!」
「はぁ?」

 意味が分からんと言いたげな顔をされた私は、つんと横を向いた。

「あ、開けていいか?」

 横を向いた私にそう聞いた長官に「どうぞ」とだけ言った。


 それから少し間があいた後、スルスルとリボンの解ける音がし、物を取り出したような気配がした。

「これ。……どういう意味だよ」
「そのままの意味です」

 反らした顔を元に戻すと、長官は少しムッとなっていた。

「名前はおれを馬鹿にしてんのか?」
「ち、違います!」

 私は焦りながら長官の手元にある物を見た。
 それはマグカップで、そのカップには小さなパンダ模様が描かれておりそれがちりばめられてあった。そしてそのマグカップには可愛らしい此方もパンダのぬいぐるみが入っていた。

「違わねェだろ。これあからさまにおれの名前で遊んでんじゃねェか」
「いや、これはユーモアでして……」

 冷や汗を流し、やっぱりやめときゃよかったっと心で呟いた。

「ユーモアって」
「そうなんです! だからもうひとつのほうが本当のプレゼントです!」
「もうひとつ?」

 まくし立てるように言った私に長官は、また意味が分からんという顔をした。

「はい! 袋に入ってますよ」
「今度はちゃんとしたやつだろうなァ」

 じとりとした目で見られ、勢いよく頭を縦に降った。


「……あ?」

 少し長細い箱に入っていたそれを長官が開けると、何故か首を傾げた。

「羽ペン?」
「は、はい! あの、長官のいつも使われてる羽ペンがもうずいぶん古くなってたので、そろそろ新しいのが必要かなぁって」

 また怒られるのではないかと思い、ドキドキしながらそう言った。

「あの……余計な事ならすいません」

 長官が何も言わないので、これも駄目だったかと謝罪をした。

「あ、ありがとう」
「え?」

 しかし聞こえた言葉は何故か感謝の言葉。

「ち、長官……え? あの」
「……ありがとうな」

 そう言って、肘つきに両腕を乗せ、羽ペンを丁寧に両手で持ちそれで顔を隠そうとした長官にクスリと笑いが出た。

「いいえ。……長官、誕生日おめでとうございます」
「お、おう」

 そう口にし、椅子に深く沈んでいった長官にまた笑ってしまった。

「あ、そういえばあのお花どうしたんですか?」
「あ? ああ、なんか給仕のやつが朝から置いてったぞ」

 だだっ広いこの長官室に似つかわしくない花が棚に飾られてあり、疑問に思った私は聞いた。

 そしてその答えを聞き、花を見つめた私は、はっ!と思い、その瞬間に嬉しさが込み上げてきた。

「長官。ちゃんとみんな今日が長官の誕生日だって覚えてますよ」
「え? どういう意味だ?」
「長官の誕生花です」

 私がそれを指差しそう言うと、長官は棚に飾られているパンジーに視線をやった。

「……」

 パンジーを見つめる長官は、机に置いた羽ペンで、もう顔を隠すものがなくなったのか今度は自分の手で顔を覆った。



「長官、来年は何がいいですか? プレゼント」
「気が早えよ」

 呆れながらも少し嬉しそうな顔をする長官に私も嬉しくなった。

「ってお前なんで今年だったんだ?」

 来年でもいいだろうにっと言われた私は、ドキリとなったが少し赤くなった顔で言った。

「だってやっぱり好きな人の誕生日は祝いたいじゃないですか」
「え?」
「私、長官のこと好きですよ」

 にこりと笑った私は、本日2回目となる長官のきょとんとした顔を見つめた。




-END-


スパンダムHappyBirthday!

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