何故、自分はこの仕事をしているのだろう?
何時も私の頭にへばりついて離れない言葉だ。
私は数年間、この世界政府公認の暗躍機関、CP9という組織で諜報部員として働いている。
だが、その仕事は果たして正義というべきモノなのだろうか。
「おい! 名前、報告書!」
「……。へ?」
「へ?じゃねェよ! 報告書出せっつてんだ!」
「あ、はい!」
しまった。また長官に怒られてしまった。
私は最近、へばりついたそれを考えてしまう事があり、他のものが耳に入らなくなってしまう。
「何だこの報告書? 意味不明だぞ」
呆れ顔の長官がそう口にし、私に返された報告書は、長官の言う通りで意味不明だった。
「……すみませんでした。すぐ書き直して来ます」
またやってしまったと自分に怒りが湧き始め、それを抑えながら自室へ帰ろうとした時、長官に「待て」と止められた。
「何か、まだ他に?」
そう口にした瞬間、しまったっと思った。怒りに任せついイライラとした口調で言ってしまった。
「……お前最近どうした? 変だぞ?」
長官は数秒私を見つめたが、視線を机のまた違う資料へと移しながら、そう聞いてきた。
聞かれた私は、一瞬心臓が煩くドキリと跳ねた。
「っ! ……特に何も」
「何も? お前おれをナメてんだろ?」
「そ、そんなつもりは」
吃りながら言ったその言葉に、説得力の欠片もない。
確かに私は、長官を馬鹿にしていたところはあった。 道力も私より遥かに下だし、この指令長官の役職だって、親の七光りだし。
それでも、このCP9の唯一の常識人で、課された仕事をこなしている。あまり本人には言いたくないが、少し尊敬しているんだ。
「はぁ……。おれは、これでも部下の事はちゃんと見てるつもりだったんだがな」
「え?」
ため息をついた長官に言われた一言に、聞き返してしまった。長官はいつの間にか視線を資料から私へと移していた。
そしてずっと鈍感だと思い込んでいた目の前の上司が、私達部下の事を見ていたと言ったのだ。正直驚いた。
「お前なぁ。……分かるだろ。おれを誰だと思ってやがるんだ」
呆れながら発せられた言葉に、私はもう何も言えなかった。
「で、何があったんだ?」
「い、言わなきゃ駄目……ですか?」
「当たり前だろ、バカが!」
机を挟んでの会話。
何時までも突っ立ているのも辛いし、早くこの話しから抜け出したい。
この人に、私のへばりついているモノを問うたところで、答えは分かりきったことだ。
「……こんな事は、考えたって無駄なのは分かってます。でも考えてしまう」
「……」
大きな机を挟んでの会話。
だけど私と長官には、机以上に何か距離があるように思えた。
「わ! ……わ、私達のしている事は正義と呼べるモノなのでしょうか?」
深呼吸をして、なるべくはっきりとした声で言おうとしたそれは、何故か途切れ、とても小さく声で、とても早口な言葉となった。
「……。んなこと考えてどうすんだよ?」
「っ! ……」
やっぱりか。この返答はこの人の口から出てくるのは分りきっていたことだし、自分の頭の中にもあったことだ。
「いいか、名前」
少しため息をついた長官は、まるで小さい子に言い聞かすように言った。
「おれ達のしてる仕事ってのは“正義”だ。これは絶対揺らぐな」
「っはい」
長官のあの強い目力にごくりと唾を飲み込み、少し背筋を伸ばし聞いた。
「確かにこのCP9ってのはそこらへんにいる海兵どもと違って一般人への殺しが許されてる」
「……」
「たがそれは世界平和の為の犠牲なんだ」
机に隠れて見えないが組んでいた手を強く握りしめた。目の前で肩を仕方ないと上げる上司にムッとなってしまったからだ。
それを悟られぬよう無表情で上司を見つめていると、少し怒った様子で言ってきた。
「だいたい名前はおれ様の部下だろ!」
「え? は、はい」
「ならんなこと一一考えんな! おれの部下なら正義っていうのが分かってるだろ!」
「え?」
何故怒られているのか分かっていない私は、どういう意味だと首を傾げた。
「正義を分かっている人間しかおれは部下にはしていない」
ぶっきらぼうにそう言った長官は少し照れながら「だからもうこれ以上考えんな」と言い、「もうあんな意味不明の報告書は出すなよ」と付け加え書類へと視線を移した。
それを目にした私は、色々な感情が渦巻き「し、失礼します」と長官室を出た。
室内を出ようと石造りの扉を前に少し立ち止まり、くるりと振り返った。
「長官! ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げそう言った私はまたくるりと方向転換し、今度こそ室内を出た。
廊下に出て扉を閉めようとした時に中から「え? 別に感謝されることしてねェぞ!」という声がしたが、クスリと笑い、何故か霧がスッキリと晴れたような感覚になり楽な気持ちで自室に戻って行った。
-END-