「はぁ……」
全くため息しか出ない。
私は久しぶりの休日に父に呼び出された。父とは私が独り暮らしを初めてから数年会ってはいなかった。
その父に「お前に大事な話があるから、今から言う時間と場所に必ず来なさい」と突然、電伝虫で言われ、嫌々ながらも大事な話と言われたのでその場所に、ちゃんと時間通りに来たのだが。
「……。何で私一人だけ?」
その指定された場所は高級な、海軍のお偉いさんが来るような、私には無縁と思っていたきらびやかなホテルだった。
「はぁ。早く帰りたい」
父に場所を聞かされた時に「正装で来なさい」とも言われたため、一応それらしい服装はしてきたが、一体何の話なんだ?
頭にぐるぐるとハテナを浮かばせ考えながら、このホテルに着いた時、すんなり中に通された今自分のいる部屋を見渡した。
「色々眩しいなぁ」
見渡した部屋は、私には眩しすぎた。
「おー、すまん。名前、もう来てたのか」
部屋の眩しさにクラクラしかけていると、ガチャリという音がし、それと同時に数日前と同じ父の声がした。
「お、お父様!」
ガタリと席を立つと、私は父に詰め寄るように、ずんずんと近づき、怒りにも似たものをぶちまけた。
「一体先日の電話は何なのですか?! 私だって忙しいんです。なのに急に呼び出したりなんて! それにこの状況! ちゃんと説明してください!」
目を吊り上げそう言う私に、父は「すまん、すまん。そう怒るな、説明はするよ」と両手を挙げ降参っというポーズした。
「当たり前です! ですけどちゃんと納得のいく話しなんですか?」
「お前が納得するかは分からんが、悪くない話しというのは確かだよ。とりあえず座りなさい」
父にそう言われ渋々座ることにした。じゃないと何も進まない。
「で? そのお話しって?」
出されていた紅茶を一口喉に通すと、先を急がすように少し首を傾げながら聞いた。
「まぁ、そう急がすな」
そう言って目の前にあったクッキーを差し出し「ほら、これでも食べて」と呑気に言ってきた。
「お父様!」
此所に呼ばれた理由を早く知りたい私は、そんなことを言う父を睨み怒鳴った。
「分かったから」
眉をハの字にした父は、苦笑いを浮かべ、とんでもない事を言い出した。
「本当に……。名前、君を今日ここに呼んだのは、名前の婚約者になる彼を紹介するためだよ」
「は? ……お、お父様なに言って」
「るの?」と言いかけた時、扉がガチャリと開き、ここのホテルの支配人らしき人物が入ってきた。
その人物は私に目もくれず父に歩み寄り、耳元でなにやらこそこそと話をした。
「ああ、分かった」
それはものの数秒程度で終わり、また支配人らしき人物は無表情で出口へ行き、静かに出た。
カチャリと閉まったそれを見た後、父に「どういうこと?」と問うように首を傾げて見せた。だが、それに父は「直分かる」と言いそれには触れなかった。
「そんなことより名前。君は私の事業の事はどこまで知っている?」
「そんなに。というより、お母様もお父様も話してくださらなかった」
私は自分の父がどんな仕事を行っているか知らない。
「……。その事業が今芳しくない」
ああ、だいたい分かってしまった。
「だから、事業提供している政府役人の息子の婚約者にと?」
挑発的にそう言うと父はすまなそうな顔を見せていた。
「お父様……そんな顔されちゃ何も言えないわ」
「……すまない」
それから互いに何も言わなかった。
すると突然扉が乱暴に開いた。
「おー! もう来ていたか!」
乱暴に開いた扉から入ってきた男性に驚いていると、上機嫌な声で父に近づいた。
「いや、私も今来たところさ。気にするな」
突然開いた扉に驚いた父だったが、部屋に入ってきた男性を見ると何時もの父に戻り、その男性と握手を交わしていた。
その握手を交わす男性は「悪いな、チェックインに戸惑っちまって」と苦々しく言った。
「おい! 親父! おれを置いて行くなよ!」
とそこに目の前の男性によく似た青年が目を吊り上げ入ってきた。
「あー、悪い」
「軽いんだよ! 謝る気ねェだろ!」
怒りを露にした青年は、今度はとんでもない事を言い出した。
「それに今日、おれはこの話しを断りに来たんだぞ!」
「まだ言ってんのか! このバカ息子め!」
私達親子が彼の発言に目を開かせていると、彼の父親が一発拳骨を食らわせた。
目の前でその青年が頭を抱え怒鳴っていたが、私はこの状況にしめたと言わんばかりに自分の中に溜まっていたものを発散させた。
「お父様、私もお断りします」
「な、何だって? 名前お前は何を言っているのか分かっているのか?」
「ええ、充分理解しています。だけど、私にだって選ぶ権利があります。それに急に婚約者だなんてぶっ飛びすぎよ!」
私が呆れた顔で言えば、父は額を抑え、目の前の青年はキッと睨んできた。
「おい! てめェ!」
「……何?」
「っ! 選ぶ権利があるのはおれも同じだ! バカ女!」
「ば! バカはあなたでしょ!」
失礼な奴!
私達は互いに睨み合いながら、多分同じ事を考えていただろう。
そんな私達の間で、互いの両親が苦笑いで「悪いな」と
言い合っていたのを後で知った。
ある日の夕方に私はそれを思い出していた。それは私達の最初の出会い。
今見つめているカレンダーにその最初の日が赤い丸で印されている。
「おい、名前? 何見てんだ?」
「ん? 今日は何の日かなって」
丁度コーヒーを淹れたきた彼が、私の後ろに立ち目の前のカレンダーを覗き込んだ。その時、私の分も淹れてくれたのか「ほら」と珍しく溢さなかったコーヒーを渡してくれた。
「ありがとう」
お礼を言いながら、もう一度カレンダーを見た。
私達が出会ったあの日を。
彼も今日が何の日か思い出したのか、懐かしむように行った。
「あの時はまさか本当に名前と一緒になるなんて考えられなかったなァ」
「それはこっちの台詞よ」
クスクスと笑いながらソファーのある場所へ移動した。
「でも私はスパンダム、あなたと一緒になれて良かったって思ってるわよ? 心の底からね」
そう悪戯っぽく言うと、彼は豪快にコーヒーを吹き溢した。
「ぶっ! ブァッチィ! こ、コーヒー溢した!!」
あの日から毎日この光景を見る私は溜め息をついた。
向こうで「名前タオル!」と大騒ぎしているので、また溜め息をついてそちらへ向かった。
「もうちょっと落ち着こうよ……」
「う、うるせェ」
視線を反らし俯く彼。
そんな子供みたいな彼が可愛く見えてきて、少し頭を撫でてみた。
「なっ! おい!」
「新しいコーヒー、淹れようね」
私がそう言えば、一瞬びっくりした様子だったが、コクリと頷いた。
その彼を見て、またひとつスパンダムという男性に惹かれた。
あの日から私は、一体何れくらい彼に惹かれたのだろうか。それは私自身にも解らないことだ。
「はい、次は溢さないでね?」
「あ、ああ。分かってるよ」
ただひとつ分かっているのは、やっぱりこの人と一緒になって良かったってこと。
-END-