コンベルサシオン

「此処はどこ……?」

 気が付いた時にはそこにいた。視界をクリアにしみれば辺り一面黒で覆われていた。
 その黒が怖くなって、慌てて目の前に手を翳すとちゃんとそれが見えた。ホッとしたのもつかの間で、今いる場所がどこか分からず、気がつく前へと記憶を辿った。

 確か私は、いつもの暗殺任務を終え自室に戻り、このところろくに寝れてない為、上司への任務報告を忘れそのままベッドへ倒れ込んだ。

「……その先の記憶が無いぞ」

 私がその場で腕組みをし、ベッドへ着いてからの記憶が無いのを考えていると、それまで無音だった此処に音が聞こえた。

「名前? お前こんなところでなにしてんだァ?!」
「へ? あ、長官! 長官こそなにしてるんですか?!」

 音の方へ顔を向けると、そこには不審そうに眉間に皺を寄せながら此方へ近づく長官がいた。
 だが、確かに長官は此方へ近づいているのだけど、足音がしないとても奇妙な光景だ。

「なァ、ここどこだ?」

 私の目の前へ来るなりそう聞く長官。

「いや、知りませんよ! というよりさっきも聞きましたけど、長官はここでなにしてるんですか?」
「あ? おれはだなァ、ルッチたちの報告書をまとめてたらうとうとしちまって……ってオイ! 名前! お前報告書はどうしたァ!」
「え? あ、すいません! 忘れてましたぁ!」
「忘れ……て、はぁ」

 ため息をつきながら額に手をやる長官が苦笑いで誤魔化している私をちらりと見るとまたため息をついた。

「で? 名前はなんでいんだ?」
「……任務を終えて自室に戻って、ベッドに入り」

 ここまで言うとまたため息をつかれた。


「あの長官。とりあえず何処かに座りませんか? 多分寝起きなもんで、ずっと立っているのは辛いです」
「多分ってなんだよ。まァ、ここで突っ立ってんのもなァ。ってここでいいだろ」

 そう言うと「名前も座れ」とその場に座り込んでしまった。

「えええ! ち、長官! なんか椅子とかに……」
「ねェだろ、ンなもん」
「そうですけど……」

 周りが真っ暗で目線では長官しか確認出来ないこの場所で直に座るというのは中々抵抗があったが、此方に痛いくらいの視線を寄越す長官が「早くしろ」という顔をしているので、仕方なくそこに座った。

「……はぁ、本当に此処はどこなんですか?」
「おれに聞くなよ。こっちが聞きてェよ」

 そんなやり取りをした後、互いに無言になり、手持ちぶさたになり何もないただただ黒い周りを見渡した。

「……。……ここ本当に何もないですねぇ」
「ああ、そうだなァ」

 そのまま互いに違う方向を向いたまま言葉を交わした。

「……なんか黒ってCP9って感じしません? クールで何にも染まらない色で」
「なんだそれ、お前の勝手なイメージだろ? おれはルッチのほうが合うと思うぞ? アイツこそ黒って感じだろ」
「ぷっ。確かにそうかもしれませんね」

 肩を震わせながら、何時も外見に合わず可愛らしい鳩を肩に乗せていていっつも私にトゲトゲと嫌味を言う同じ諜報部員の男を思い浮かべた。その人物は確かに長官が言うように黒がよく似合う。 誰にも染まらず自分の正義を貫く男。

「だろ? ってアイツに言うなよ? あ、あとフクロウにもな!」
「ええ、分かってます」

 私だって命は惜しい。そんな後が怖い様な事をわざわざ言いにはいかない。

「本当かよ……」
「当たり前じゃないですか」
「……ああ、お前いつもルッチに嫌味言われてたなァ」
「そう思ってたなら止めてください」
「無茶言うなよ」
「ああ、ですよね。長官ですしね」
「どういう意味だそれ!」
「そのままの意味です」

 きっぱりと言い切った私の耳元でギャーギャーと騒ぐ長官を見て、何故か面白くて笑えてきた。 本当にこの人は飽きないなぁ。

 肩をぷるぷるとし大爆笑したいのを我慢する私に「おれはお前の上司だそ! 偉いんだ!」と叫ぶ長官。 それを見つめ「はい、分かってます」と声を少し震わせ業務的な返事をした後、はたりと気が付いた。

「そういえば、長官とこんなに話した事今までなかったですよね?」

 そうだ。今までは本当に業務的な事しか話したことがなく、ましてやこんな和やかに笑い話なんて一切したことがなかった。

「ああ? なんだいきなり。……まァ確かに言われてみればそうかもな」

 そんな事を口にし自覚すれば不思議とこの奇妙な環境が新鮮に思えて、もし夢ならばもう少し覚めなければと思ってしまった。

「そうですよね。私からすればちょっと不思議感じがしますよ? いっつも手滑らせてコーヒー溢して、よく分からないタイミングでずっこけてそれで腰打って『ダァァア! 腰痛ェ!』って叫んでる長官がこんなに大人しくなって。ほら何時もならある眉間の皺ありませんよ?」
「腰なァ、まだ痛むんだよって違うわ! ……ったくお前。おれをなんだと思ってんだ? 上司だそ。それを人の事をどんくさい人間みたいに言いやがって」
「はっはっ! 何を言ってるんですか。私は本当のことを言ったまでですよ?」

 私がそう言うと、長官は呆れた様な顔をして「眉間の皺ならお前のほうが凄いじゃねェか」と私の顔真似なのかをして眉間を指指した。

「いやぁあれはですね、最近頭痛が酷くて。それで眉間に皺が寄るんだと思いますよ?」
「あ? なんだ、風邪か?」
「さぁ? 私あまり風邪とか引かないから分からないです」
「ああ、バカは風邪引かねェってやつだろ」
「長官も失礼ですよ!」

 ムカッとなりそう言うと、長官は本当に馬鹿にしたように鼻で笑った。 何故この人に馬鹿にされなくてはならない!

「長官にバカにされるのが本当に心の底から嫌です! ……っ!」

 嫌味を込めてそう言った途端、何故か目眩の様なものを感じ、慌てて側にいる長官の服を掴んだ。

「それどういう意味だよ。ってオイっ! どうした?!」

 耳元で聞こえる長官の声に反応しようとするが、目眩や激しい頭痛でそれに応える事は出来ず、そのまま倒れ込んでしまった。

「なっ! オイッ、名前!」

 暗闇が広がるこの不思議な場所で、横たわる私の視線の端に長官が心配そうに見つめていた。
 初めて見たなぁ、この人のこんな顔。っと不思議な感情になりながら、意識を飛ばした。











 ふわふわと何かが浮上するように目を覚まし、重い脳内を動かすとそこは自室のベッドの上だというのに気が付いた。

「……。な、んでベッドの……うえ」

 掠れた声でそう呟くと、水分を求めベッドの隣にあるサイドテーブルの上に置いてある水をコップに入れゴクリと飲んだ。

「……ん、はぁ。……」

 水を飲み終えると、だんだん意識や視界もハッキリしてき、自分が何故ベッドの上にいたのか理解し始めた。

「……。ああ! 報告書!」

 そして全てが噛み合わさった時、今まで忘れていた事も思い出した。その思い出したものを口にした瞬間、持っていたコップを投げるようにしてテーブルへ置き、急いで机へ向かった。




「遅れてすいません! 長官、報告書です!」
「遅ェぞ! 報告書ごときに一体何時間かかっとるだ!」
「も、申し訳ありません」

 バタバタと走って持ってきた少しクシャクシャになった報告書を長官に渡すと、ため息をつかれ「次からは気をつけろよ」と言いそれを受け取った。

「はい。……じゃあ、失礼します」
「ああ」

 クルリと向きを変え、扉へ向かおうとしたが、あっと何かが脳内を過り停止した。

「あ? なんだ、他に用があんのか?」
「あ、いえ。用って程でも無いんですけど」

 また長官の方へ向き脳内を過ったものを伝えた。

「腰大丈夫ですか? まだ痛みますか?」
「はぁ? なんでお前がんなこと知って……」

 私が言うと、眉を歪ませそう言ったが何故か途中で言葉を発するのを止め何かを考える素振りを見せた。

「えっと、……じゃあ失礼します」

 居心地が悪くなってそこを立ち去ろうと向きを変え数歩歩いた時、後ろから予想も出来なかった言葉が聞こえた。

「名前こそ、頭痛大丈夫なのか?」
「え? ……なんでそれ長官が」

 目を見開いて長官を見るも、そちらも困惑した表情でこちらを見つめていて、二人とも何故自分がこんなことを言っているのか分からない状況だ。

「ダァァア! もういい、もういいからさっさと自室に戻って寝ろ!」
「は? ね、寝るんですか」
「名前まだ任務終わったばっかりで、十分睡眠取れてねェだろ。だからさっさと寝ろ」
「は、はあ」

 押し切られるようなかたちで長官室を出た私は、自分の口から出た言葉を考えようと腕組みをしながら自室へと歩いた。

「……分からん」

 いくら考えても何も出ず、一瞬緩く瞼を閉じだ。
 するとそこには暗闇と何故か紫があってそれにびっくりしハッとして瞼を開けると脳内に何かが掠れた。
 それから何回か瞼を閉じたけれど、見えるのは暗闇だけで紫も見えず脳内には何も掠れてはこなかった。

「本当になんだったんだ?」

 この不思議な体験はその後する事はなかったけれど、何時もあった頭痛は消え、いつも事務的な会話しかしなかった長官と距離が短くなり色々と話す機会が増えた。
 因みに長官の腰の痛みも3日後には無くなったらしい。


-END-

JUKE BOX.様お題

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