She loved everything about him.

「失礼します。コーヒーお持ちしました」

 ノックをし部屋に入った私は、コーヒーセットの乗ったカートを押し進めながら、なるべく上司の顔を見ずにそれらを石造りの冷たい机へと運び、それをコトリと置いた。
 その時視線を下にしていたせいか、その上司の指先が目に入った。瞬間ピクリと肩が小さく上がり、一瞬だが静止してしまった。

 そんな私に上司はふっと鼻で笑い、革の手袋の嵌められた手をスルリと移動させ、ソーサーを持ったままの私の指にまるで蛇のように這わした。

「っ!! ち、長官!」
「二人の時は名前で呼べって昨日もいったろ?」
「だ、けど!」

 昨日という単語でぶわりと顔に熱を感じた。昨夜、目の前の人物にいやと言うほど愛されたというのも私達は所謂恋人という間柄である。

「……こっち来い」
「え、ちょっ! うわ!」

 ソーサーに置いた手をそのままに私が黙っていると、上司は退屈した顔を浮かべ、這わした自身の指で私の手をぎゅっと掴みそのまま引っ張った。
 その時カートに足が当たりガタリと鈍い音をたて数センチ程動いた。だが上司はそんなことを気にした様子もなく、私を自分の座っている椅子に近づかせた。

「……もっとおもしれェ反応出来ねェのかよ」
「どういう意味ですか?!」

 自分は椅子の上でふんぞり返りながら失礼な事を口にする上司に腹が立った。

「ほら、名前呼べよ」
「今は仕事中ですので、長官」

 わざとつんけんとして言えば、軽く舌打ちをされた。

「最初に反応したのはお前だろ」
「!! ち、ちが!」
「わねェだろ」

 否定の言葉をあっさり切られついで「ブァァカ」と彼のお決まりのような言葉も浴びせられた。
 こんな我が儘な人物に腹が立って睨もうと試すが、パチリと目が合うとまたぶわりと熱が浮上し、どうする事も出来ず視線を未だに絡んだままの指先へと向けた。

「手……」
「……あ?」
「い、いつまで握ってるんですか?」
「名前の気が済むまで」
「なっ!」

 パッと顔を上げると、今度は熱ではなくて涙が出てきた。何故だか分からないけど、身体中が熱い。

「名前がおれの名前を呼んだら、これ外してやってもいいぞ?」
「っ!!」

 目線だけで示すそれは彼がいつも身に付けている革の手袋だった。

「っず、……ずるいです」
「名前が意地張るからだろ? バーカ」

 ニヤニヤと実に嬉しそうに話す彼は昨夜の表情とよく似ていて、私はそれに従うしか出来ない事も彼は知っている。

「……っす、スパンダム」
「言えんじゃねェかよ。ブァァカ」

 蚊の鳴くような声で答えればそう返され、私が何か言う前に握られた手をまた引かれそのまま口を塞がれた。

「っ!」

 引かれた手はやっと放され自由になったが、急に塞がれた唇に頭が正常に働かなく、中途半端に空に浮いていた。

「今度はおもしれェ反応だな」
「え、……?」

 ちゅっと可愛らしい音を残して放されたそれを目で追いながら、発せられた言葉の意味を理解しようとした。
 だが、理解しようとする前に次の言葉をかけられた。

「お前はキスとかンなのより、こっちのほうが好きなんだろ?」

 そう言って目の前にずいっと出されたのは、隠されたままだった彼の手だった。

「っ、あ!!」

 声を漏らしそれを見つめていると「変わったやつだな」と呆れた声をかれられた。

「す、スパンダムの手が……き、綺麗だから」

 所謂手フェチというやつなのだ私は。それを中々彼に打ち明けられなかったが、最近になってやっと言えるようになりこうして時々手を触らせてくれる。

「きれいねェ……」

 さっきまで楽しそうに(いや、実際楽しかったのだろう)していた彼だったが、今は退屈そうにひじ掛けに肩肘を置き頬杖をつきながら自分の手を見ていた。が理解出来ないという顔をすると欠伸をした。

 彼の行動に微笑みながらも今度は私が彼の手を握った。

「はい。綺麗ですし、……好きです」
「すきってそれはおれの手がって話しだろ?」

 拗ねたような話し方をした彼にまたクスリとなり「手もですけどね」と悪戯っぽく言うと、首を傾げられた。

「私は、あなた自身……スパンダム自身が、スパンダムの全てが好きなんですよ」

 恥ずかしさも混じってか、照れ笑いを浮かべながら言うと、何故かまた唇を塞がれた。

「聞いてるこっちが恥ずかしいわ! ブァァカ!!」
「な、なんで怒るんですか?!」
「うるせェこのバカめが!」
「意味が分かりません!」

 私は本当の事を言っただけなのに!


-END-

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