Which way?

 時刻は夜中をとうに回っているのに、遮光カーテンで閉められた窓から漏れるのは眩しいほどの光。

「……」

 スパンダムは気だるい身体を音をたてないよう起こしながら、煩わしそうにその窓をチラリと見た。その視線はすぐ隣で寝ている女へと移された。

「……」

 規則正しい寝息をたてるその女の首筋から胸元にかけて赤黒い鬱血の跡が生々しく残っていた。
 そしてそれを残した男は紛れもなく目の前のこの男で。男はそれを優越感に浸りながら見つめた。

 この女は世界政府の中でも重役である役人の愛娘だ。とても可愛がられていると聞く。それにこの女はその美貌もさることながら、父親の役職の関係で言い寄る男は数知れず。だが、全てこの女はするりとかわし続けている。
 自分も元々はその男たちの一部だった。彼女の父親の役職が、自分の出世に関わる。そんな歪んだ愛なんて米粒ほどもない感情から彼女に言い寄った。
 プライドの高い彼が自ら女に、しかもただの一等海兵に言い寄る、という行動は珍しく、だがそれはすべて出世のため。

「……ん」

 情事の最中に何度も聞いた女特有の艶かしい声が聞こえたと思えば、彼女はーー名前はスパンダムのほうへ寝返りを打った。
 それをめんどくさそうに見つめると、スパンダムはひとつ小さく溜め息をついた。

『好きです』

 情事の最中に名前から言われた一言。
 彼女とは二三回程度しか会っておず、行為に及んだのもほとんど酒が入り流れのようなものだったので、正直彼女からの言葉に吃驚した。
 そもそもスパンダムは彼女のことをそういった風に見ていなかったのでどうしたものかと一瞬動きが止まった、だが彼の頭に『出世』という歪んだものが浮かび、仮面でも被ったかのような笑顔を張り付け「すきだ」と、自分も好きだとありもしない感情を彼女に伝えた。

「……はぁ、めんどくせェ」

 それは心の底から出た言葉なのだろう。この先たとえ出世の為とはいえ、そんな感情は微塵もないのに『好きだ』『愛してる』等と歯の浮くような台詞を言い続けなければならない。そう思うととても憂鬱なのだ。

「……。ん、……ス、パンダム……さん?」
「!!」

 スパンダムがまた何度目かの溜め息をついたところで名前が少し掠れた声をあげながら目を開けた。

「あ、ああ起こしてしまいましたか。……名前さん」
「いえ、そんな事はありませんよ」

 彼女が目覚める数分の間に目の前の男がどのような事を考えていたか知るはずもない彼女が無垢な、汚れも知らないような笑顔を浮かべた。
 そんな彼女の笑顔にずっとへばりついていた面倒くささや、無垢で純粋な笑顔に何故か苛つく何かを感じた。

「……それより、私はお話をしたいです」

 ゆっくりとシーツを胸元に寄せながら起き上がった彼女にスパンダムは無意識に距離をとった。だが、彼女がそれに気付くことなくただただふんわりとした笑顔を浮かべていた。

「は、話し……ですか?」
「ええ。……私この不夜島、エニエスロビーへは数える程しか来たことがありませんが、本当に夜が来ないのですね」
「……」

 彼女は視線を男から外し、遮光カーテンから覗く夜中の明るい日射しを見つめた。

「……そんなに珍しいですか? ……わたしは、……おれはもう見慣れちまって分かんねェけど」
「だと思います。でも初めてこの不夜島へ来て、あなたと出会って……ふふ、何もかも私にとって新鮮です」
「そ、……うか」

 スパンダムは名前との距離を測りかねていた。
 彼女と初めて会った時もそうだ。今と一緒でどう返事を返せばいいのか分からず、唐突に始まる会話は唐突に終わりを迎え、彼女特有のふんわりとした空気に飲まれていく。

「私、知っていますよ?」
「は? 何をですか?」

 ほら出た、と心の中で薄れていためんどくささが甦ってきた。

「ふふ、……あなたが、スパンダムさんが私を利用して出世しようとしている事です」
「!!」

 窓へ向けていた視線をこちらへくるりと戻した彼女はとても楽しそうで、子供が悪戯を成功させた時のような顔だ。

「あら? スパンダムさん気付いていませんでしたの?」
「な! お、おまえ!」

 童話に登場するような猫の目をさせて、だけども彼女特有のふんわりとした雰囲気は崩さずにコロコロと鈴を鳴らすような笑い声をあげた。

「スパンダムさん、……私あなたがお考えになっている程、純粋ではなくってよ?」
「! な、!」

 クスリと微笑むと、名前はスパンダムに近付きそのまま彼の胸に手を乗せると、ゆっくりと押し倒した。

「ですけど、私があなたの事を好きだとお伝えしたことは事実です」
「! ……どっちが本当のおまえだ、名前」

 昨夜と逆転した目線で互いに反らすことなくスパンダムは困惑しながらも聞いた。

「……さぁ、どちらでしょうか? 私にも分かりません。ですのでどちらが本当の私かスパンダムさん、あなたが教えていただけますか?」

 彼女の挑発的な誘い文句に隠すこともしないで溜め息をついたスパンダムは「利用出来るものは全部してやるからな」と名前に言うと、ぐるりと上にいた彼女をベッドに押し倒した。

「後悔すんじゃねェぞ」
「ふふふ、それはお互い様よ」

 彼女のそれにニヤリと笑うと、昨夜と同じように唇に口付けた。昨夜と違うのは、互いに互いの事を利用しようとしているのを‘知っている’ことと、女は無垢とはかけ離れているということ。
 スパンダムは名前の肌を感じながら、罠に嵌まったのはどちらだろう、とふっと浮かんだ疑問をすぐにかきけした。そんなこと知れているではかいか。

「ん……ふ、スパンダムさんっ……好きです」
「!!」

 心臓らしき部分がたった一言で潰れるくらいにギュッとなったのを感じたスパンダムは、先ほどかきけした疑問がまた脳内に浮上し、心の中で舌打ちした。


-END-

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