トリガー

『はじめまして、本日付でCP9に配属しました……ーー』
『ああ、お前か。名前ってガキは。ほら、これが今回の任務だ。くれぐれもくだらなねェヘマすんなよ、おれの出世に関わるからな』
『……。は、はあ』

 第一印象は最悪。正直こんな奴が自分の上司かと初日そうそう吐き気がした。
 しかも渡された任務の紙には新人の自分に革命軍の情報入手だった。それをたった一週間で。こいつは本気なのか? 目の前の上司を見たが、そいつはこちらを見ず机の何か資料などを見ていた。
 もう一度任務内容の紙を見ると、下の方に上司である彼の名前が、一見乱雑そうにでも神経質そうな字で書かれていた。ややコーヒーの染みがあるのは気になるが。

『いつまでソコにいんだ。もう下がっていいぞ』
『へ? あ。は!』

 敬礼をしキリッとした姿勢で指令長官室を出たが、扉を閉め背中でそれに凭れかかるようにして一呼吸置いた。その一呼吸の中には不安や不満しかなかった。そもそもCP9という暗躍機関に所属したくなかったのだが、世界政府という組織に属している以上うえの命令に従うのは当たり前であり絶対だ。
 だからといって元海軍本部医療班に所属していた私にはこれはあんまりじゃないか。そら六式は当たり前に取得出来たし、潜入捜査も同期のやつらにどういったモノかも何度も聞いてコツなんかも分かっているが、初日にこれは酷い。

 溜め息を深く吐いてコツコツとつい先ほど宛がわれた自室とやらに向かう私の脳内には、あの上司の淡々とした表情や声が蘇り、イライラとさせた。ムカツク。聞くところによればあいつの道力は9らしい。それも腹立たしい。
 あいつの印象は最悪で、それからも良くなることはなかった。









 背中には冷たい石造りの壁があり、座り込んでいる為尻にも冷たい石造りの床の感触で、視界はぼやけていたりそれでもハッキリとそれはしていて実に不愉快だ。

「名前。てめェ、今どんな気分だ?」
「……っん! んぐ!」
「ダーッハッハッハ! 声なんて出せる訳ねェよな?」

 ムカツクムカツクムカツク!
 目の前の上司と呼ぶのも腹立たしいこいつは実に楽しそうにニヤニヤして私にそう話しかけた。言葉なんて話せない私に向かって。

「そういやァこの間の任務ご苦労だったな。お陰で上にも良い報告が出来る。良くやったな、名前」
「! ……ぐ、ん……! ぁ、ん」

 私が苦しんでいるのを分かっていて今そんな話をするなんてこの人は本当に嫌いだ。

「オイオイ、上司がせっかくこう言ってんだ。何か言うことがあるだろ? って言えねェよな、悪かった」

 そんな事思ってもないくせにさらりと本当に楽しそうに口にするこの人の指先に私は一々目がいってしまう。

「ンな警戒すんなよ。撃つかよ、このおれが」
「!」

 先ほどまで楽しそうに聞こえていた声がガラリとワントーンも下がった少々つまらなさそうな声に変わった。それは私の口に突っ込まれているフリントロック式のピストルに伝わるようだった。
 そう。私はこの目の前の人にピストルを口に突っ込まれているんだ。

「お前がくだらねェことしなきゃな」
「!」

 ポツリと呟かれたその一言に私は今まで苦しくて涙で濡れ、よく開けられなかった目を見開かした。
 見上げそいつの顔を見れば、ニヤニヤとやはり楽しそうな表情をしている。

 舌打ちをしたい気分になりながらもそいつを睨み付けた。だけどそれもこいつの興奮を助長させるのかいっそうニヤケた表情が濃くなった。

 本来ならこんな道力が9しかない男になんて負けないし、自分が下になってこんな無様な姿を晒したりなんてしない。だけど、私の地面に手を着いているすぐ側にある、こいつの愛剣でもあり愛象でもあるファンクフリードがあるために何も出来ないでいた。
 このスパンダムという男にこんな屈辱的な行為をさせられているのは何も今回が初めてではない。既に何度かある。

「お前なに考えてたんだ今?」
「んご!! ……っカハッ!」

 いきなり喉の奥にグッと押し込まれたそれに嗚咽が出て汚く咳をした。しかしそれも許されないのか、またピストルが咥内に挿入されなおされた。

「チッ……。名前、これ舐めろ」
「!」
「てめェが汚したんだろ」

 今までこれ以上屈辱的な事はないだろうと思っていた私だったが、まさかそうくるとは思っていなかった。が、こいつの機嫌を損ねると後でどうなるかよく理解している私は言われるがままにそれに従った。

 初めてこいつからこういった行為をさせられるようになったのはあの初日の任務後だった。
 あの任務は当然の如く失敗し、私は革命軍の連中に殺されかけた。そして命からがらこのエニエスロビーに戻って来たが、待っていたのはこいつからのこの仕打ちだった。
 このスパンダムはただの暇潰しのように私で遊ぶ。そしてこのCP9に入る時に元上司に『捨てろ』と言われた心と体を傷付けられる。
 初めはこんな屈辱的なモノから逃げ出そうとしたが、今地面にあるファンクフリードで致命傷にならない所だけを痛め付けられ、もう抵抗をやめた。
 こいつは私がもと医療班に所属していたのを良いことに自分で処置できる場所ばかりを狙う。そしてこいつの権力や、元いた場所へと戻してやるなどとそういったものをちらつかせ私を言いなりさせている。
 そしてそんなモノに言いなりになっている私も私だ。

「ハッハッハ! 最近おれの言うことをちゃんと聞くようなったじゃねェか!」
「ん、! ……ふ、ん……っぐ!」

 そう言ってそいつは私の目を見つめながら、トリガーバーをカチリの鳴らした。

「!! ん!」

 その不吉な音を耳にした私は必死に懇願するようにかぶりを振った。

「泣くほど怖いか?」

 楽しくて仕方がないようなそいつの表情とは真逆で、私はそいつの言ったとおり、恐怖や怒りなどのとてつもない何かの感情で涙で顔中を濡らしていた。

「名前のそういう顔を見てるとゾクゾクしてくるよ」

 悪趣味な事を言ったと思った時、トリガーバーに指がかかったと思ったらそのトリガーを引いた。

「!!」

 それはカチッと無機質な音をたてて終わった。

「ぷっ! ブァァーカ!! ちゃんとセーフティロックかけてるっての!」
「! ……っふ、……く」
「え?! な、泣くなよ!」

 緊張という糸がするすると解けたのか、先ほどまで恐怖や怒りでの涙をさんざん流したはずなのに、今はそれを無くすほどの何かが押し寄せてきぼろぼろと涙した。

「わ、悪かったって! 今回はおれがやり過ぎたって!」

 今までに無いほど泣き出した私を見て、急いでピストルを引き抜いた長官が、さっきまでとは変わり若干オドオドしながらも謝ってきた。

「っもう……や、止めてください」
「え?」

 これ以上は身が持たないと思い言ってみたが、長官は数秒悩んだが「そうか」とどっちも付かず保留のような形にした。

 そんな長官を見て『ああ、またされるな』と思うのは当たり前の話で、何回出したか分からない転属届をまた元上司に送ろうと決めた。
 多分また送り返されるだろうけど。



-END-

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