怪我に応急処置

 ツンと鼻にくるアルコールの匂いが充満するこの医務室で名前は、真っ白なシーツの上に仰向けで横たわり腹や足に包帯を巻かれ、ただボーっと冷たい色をした天井を見上げていた。

「名前、入るぞ」

 シミ1つない天井を見上げ、耳の奥から聞こえる自身の心臓の音やナニとも説明もつかない音たちをただ聴いていた。そんな抜け殻のような名前のいる医務室をノックする音が聞こえ、彼女が返事をするのを待たずにその人は現れた。

「……ちょ、う……かん」
「……名前」

 乾いた弱々しい声でその人物を呼んだ名前は、目線だけでその人を追った。

「報告書はジャブラの奴が出した」

 だからそんな顔をするな。その人はそう言ってギシリと音を鳴らしたベッドの端に座り、名前の頭を二三回撫でた。
 多分その人はそんな事をわざわざ言いにここに来た訳ではないだろう。撫でた手をそのままに、目線は名前に向けず深夜の3時だというのに真っ昼間のように明るい外を眺めていた。

「……ち、ょう……かん……」
「どうした?」

 名前が呼んでもこちらを向かない。それが彼女の心をえぐった。いつもなら彼女が呼べば目線だけでもこちらに向けてくれる。任務帰りなら尚更その目線は安心感のようなモノを名前に与えてくれる。

「……っ、も、申し訳、……あ、ありませんっで、した 。……だからッ、……こちらを向いてくれませんかッ?」
「……」

 泣くまいと決めていた名前だったが、一向にこちらを向かないスパンダムにポロポロと涙を溢してしまった。
 そんな名前にスパンダムは一呼吸置くと「何があった、任務先で」と名前を落ち着かせるためか少し優しさが含まれた声で聞き、ずっと窓に向けていた視線を名前に移した。

「ッ! そ、れは……」
「ゆっくりでいい、話せ」
「……はい」

 先ほどまで合わなかった視線がやっと合ったからか、落ち着きを取り戻した名前は、深く深呼吸すると小さな声で、それでも必死に話し始めた。

「……。……ふぅ。……初めはそれほど気にしていなかったんです。後で始末すればと考えていましたから……。で、でも」

 でもそれが誤算だった。
 今回の名前の任務は闇の薬を売買している人物の暗殺とその顧客リストの入手だった。その人物は妻子もいて有名な資産家だ。そんな人物が闇に手を出しているというのだからCP9が出るのも当たり前だ。
 そして名前とジャブラはそこでメイドと庭師として潜入した。

「やっと証拠が掴め、顧客リストも手に入り後はすべてを消し去るだけでした……」

 その時名前は対象者が極秘に雇っていたSP達を相手が多かったためか深傷を負いながらも次々に切りつけていった。
 そのあと対象者の始末をしているジャブラと合流した名前だったが、そこで彼女の中に揺らぎが生まれた。

「あの子の……あの子のあんな目、初めて見ました……」

 亡骸となった主人の横で呆然とそれを見下ろしている少女は対象者の娘だった。その子は名前とチェスなんかをして遊んだ明るくて頭のいい子だった。いい子だから分かってしまった。名前とジャブラの正体を。

「ダメですよねぇ……あんな、ッあんな子供の瞳に自分の正義を見失うなんてッ!」

 名前が恐る恐る少女の名前を呼ぶと、その子は二人を「人殺し」と罵り憎しみに満ちた表情で名前を睨み付けた。少女の瞳は二人を見据えていたのかもしれないが名前には自分に凶器に似た殺意を向けられた気がした。
 少女から放たれた一言に揺れた名前に後ろから衝撃が訪れた。名前の背中に全ての憎しみを押し付けた人物はふわりとその場にそぐわない上品な香りを漂わせさた。その人物は主人の妻だった。妻は母として娘を守るため名前に刃を突き刺した。
 思いもよらない衝撃で一瞬前につんのめりそうになったが、それより先に激痛が名前の心臓辺りに走った。声すらも上げられないほどの痛みに顔を歪ませた名前は崩れ落ち、そのまま意識を手離した。


「っ……。本当に申し訳ありませんッでした……」

 話しているうちにだんだん感情的になってしまった名前は鼻声になりながらも何回目かになる謝罪をスパンダムにした。

「名前……」
「……ッはい」
「名前」
「はい……」

 彼女が話している途中もずっと名前の頭から手を離さなかったスパンダムは、その手をまたゆっくりと動かして彼女の名前を呼び続けた。それに名前はまたポロポロと涙を流しながら返事を返し続けた。これが彼らの「ココロ」という見えないモノに負った傷の応急処置なのかもしれない。



-END-

DOGOD69様お題

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