少し時間の空いた今、丁度私達はぷかりと偉大なる航路な後半・新世界を船で浮いていた。
甲板で暇を持て余していた私は、ちらりと見えた紫色にニヤリ笑いを抑えて注文をした。
「ねぇ、私にコーヒーちょうだいよ。“スパンダ”」
「!! ッへィ! 姐さん!」
嗚呼、この感じ堪らないね。
目の前をこちらの顔色を伺いながらいそいそと船内へ向かう男にこの上ない興奮を感じた。
「こぼさないでねー」
「こぼすッ! ッこぼすわけないじゃないですかァ!」
一瞬眉間に皺の入った約二年前にみた表情をしたが、それは何かを堪える表情へ変わり、ぴくぴくと無理矢理上げたくもないだろう口角を上げ、その男は船内へ入っていった。
「くだらん事ばかりするな、バカヤロウ」
「ふふ、ごめんなさい。でも楽しくって」
冷静な声が聞こえたと思えば、バサリと私の肩に彼から移って来た可愛らしい鳩さんとその飼い主が隣にいた。
「……確か名前はあいつと恋人同士だと記憶していたが」
「ええ、そうよ。でも秘書と上司という関係が先よ。だから今は秘書時代の……ね?」
「ふ、……女は怖いな」
「そう思うなら気を付けなさい。女は後になって復讐するわよ」
「……」
そう私が言い残すと彼は思い当たるものがあるのか黙り込んだので、私はそのまま今話しになっていた彼に会うために船内へ戻った。
「ちょっと、スパンダー。コーヒーは?」
扉をくぐり抜けそれを後ろ手で閉め、目当ての人物を探すがその人物はキッチンには姿が無かった。さして広くもないこのダイニングキッチンで、出入り口は今私がいるこの扉しかないのに、目当ての人物がいないとなると少し戸惑った。
「あ、あれ? いな……い」
「……どこ探してるんだよ」
「わぁぁ!」
二三歩と奥に進んだところで背後から声が聞こえ、驚いて大声を出してしまった。(もっと可愛らしい声が出れば良かったが)
「な、なんだそこにいたの?!」
ドクドクといつもより早くなった心臓あたりを抑えながら彼に近付いたら、彼はあまり私を見ずにこちらの腕を掴み自分に引き寄せた。
「!! ど、どうしたの? スパンダ?」
何故か抱きすくめられる形になった私は、少々混乱する頭を正常な動きに戻そうと必死になった。
「……その呼び方やめろ」
「え? ……えー、結構気に入ってるのに」
私の頭上でする声はとても小さく「ンなの気に入るな」という言葉も若干拗ねているように聞こえた。
「ふふ、はいはい。スパンダム、コレでいい?」
彼の胸に押し付けられるようになっていてちょっとくぐもった私の声に、彼はうん、とでも言うように小さく頷いた。
「あ、そういえばコーヒーは?」
「……」
「え? うそッ?!」
「名前が……ずっと甲板にいるからだろ!」
「ヤキモチか!」
「う、うっせェ! 悪いか!」
-END-