ちいさく咲くスミレ

「はい、あなた。いってらっしゃい」
「ああ」
 
 彼女たちの不自然な空気から出る台本の台詞かの様な言葉をぎこちなく交わし、夫である存在を彼女が送り出しガチャリと合図の扉が閉まったと同時に上がっていた口角がすっと下がり彼女はそこに不安がプラスされた“無"になった。

「……」

 影がさした能面のようなその顔をそのままにパタパタと玄関にある色違いのスリッパを残しキッチンに戻ると、互いに言葉数少なく終わらせた食事のあと片付けへと向かった。


「……。ハァ。……あ、洗濯物干さなきゃ!」

 忙しなく洗い物を終え、その後に昨夜洗濯したものを洗濯カゴの中に入れ、代わりに一週間分の夫の衣服などを洗濯機へと突っ込み、そのままベランダへと向かいそれらを皺にならぬよう干して行く。
 キッチンに戻り少しの休憩にとコーヒーを自身のスリッパを見ながらシンクにもたれかかり飲んでいると、コチリと時計の針が物音一つしない部屋に報せるように響いて「あ、もうこんな時間?」とまた忙しなくベランダへ向かい、自分のと夫の服を取り入れる。
 その時は既に11時を回っていて、彼女がどれほど自身のスリッパを見つめていたか時計が報せてくれた。

「……。……はぁ……」

 自然と流れ出るため息は彼女自身でもその感情が分からずただ体内で溢れているものを吐き出して正常を保とうとしている。

「……」

 パサリと皺がつかないように取り込んだ洗濯物たちをソファーに腰掛けながら畳む彼女の表情は何を考えているのであろう先程からピクリとも動いていない。
 それはこれから訪れるであろう数々の未体験、重さそして一種の恐怖か、それとも習慣・手順の中に入る洗濯物を畳むという行為を手が勝手に動かしてくれているだけで頭の中は今真っ白だからだろうか。

「……」

 カチコチと時計が音を鳴らす以外に彼女の息づかいしか聞こえないこの室内は新婚当時のまま。
 昨夜からこの家を包む空気が少々変わったそれ以外何も変わっていないが、彼女の中でピンと張っていた糸がふっと緩んでしまったのか、リズムよく皺をつくらないように畳んでいた手がYシャツの襟を正したところでゆるく止まり、そのまま自身の膝に落とし動かなくなった。






 彼女の手がまた動き出したのは部屋に夕焼けが差し込み出した頃だ。

「……――。……名前」
「……ん」

 音が少なかった室内に一つ音が増え、彼女の耳に入り眠りから引き起こした。
 モゾリと身動ぎしゆっくりと開いた目を音が聞こえた方にやると、そこには朝見送った夫の姿があり名前はぱちぱちと瞬きを繰り返しながらソファーに沈んでいた身体を起こした。

「……今、なん、じ?」

 やや掠れる声で時刻を確認しようと1人がけソファーに座っている夫へ問うと、彼はちらりと壁掛け時計に目をやり「夕方の5時半だ」と彼女に教えてやった。
 それを聞きそれまでゆるゆると身体を起こしかけていたのをシャキリとし、その時バサりと何がが落ちる音が彼女の耳に届いた。

「え、もうそんな時間?! ごめんなさ、い……これ……」

 落ちたソレは薄いパステルオレンジカラーの肌触りの良いタオルケットで、彼女のお気に入りのものだ。

「ッたく、服たたみながら寝やがって! ……風邪引いちまったらどうすンだよ」
「あ、ありがとう」

 どうやら彼女はあのまま寝てしまっていたらしい。
 それを今日は家に一旦帰る予定だった夫が不器用ながらも少なくは無い服たちをふにゃりと音がつきそうな形でも畳んでくれていた。

「……べ、べつに。ンな大した……あれだ、……うん」

 タオルケットを見つめた視線をスルリとテーブルに移動すると、そこにはまた今朝彼女が目を閉じるまで無かった物が置かれていた。

「そ、それは、……なんとなく目に付いたから」

 彼女の視線に気がついたのか、モゴモゴと言葉を探すような夫は「名前にやるよ」と最後のほうは聞き取れないほどの声で話した。
 
「……ッありがとう」
「あ、ああ。ッ! な、なんで泣くんだよ!」
「ご、ごめんなさいッ、……でも、嬉しくてッ」
「……そうか」

 泣き笑いという器用な事をする彼女は、タオルケットを握りしめテーブルに置かれたそれを嬉しそうに見つめている。
 それはプリザーブドフラワーになっているガラスドームの花で、中にはガーベラやバラ、チューリップなどがこの2人に新しく家族が増えるの祝福しているように美しく咲いていた。

「スパンダム、ありがとうッ」
「べ、べつに……まァ、……うん」

 そう言いあうと、視線を合わせクスッと微笑みあった。

 昨夜夫に新しく自身の身体に命が宿っている事を震える声で伝えると、自分が想像していたのとは違う表情で言葉をまごつきながら返してきたので怖くなり、それからその話しは朝も出来ずにいた。

 だから、今目の前に夫からのプレゼントがあることには涙が出るほど嬉しく、今まで不安で時間さえ忘れるくらいに押しつぶされそうだったのに。
 それを不器用でもきちんと答えを、不安を取り除いてくれた夫に感謝と愛しさが溢れてきて、泣き笑いのまま彼に抱きついた。

「ほ、んとに、ッありがとう!」
「……ッああ」

 ゆっくりそれを包み込んでくれる夫に今日は彼の好物ばかりの夕食にしようと思った。



-END-


ガーベラ【黄色】[究極美、究極の愛、親しみやすさ]
バラ【ピンク】[温かい心、愛をもつ、しとやか、感謝、 美しい少女]
「あなたの思いやりや励ましに感謝します(8本)」
チューリップ【全体】[思いやり]
      【ピンク】[愛の芽生え、誠実な愛]

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