触れる舌

 チリンチリンと風が頬を掠めると共に聞き覚えのない音が鳴り男はそちらに目線を向けた。

「おい、名前。なんだソレ?」

 それは窓の方から鳴っているらしく、見れば見たことも無いような形をしており正体不明で。なのでそのモノの隣りにいた秘書の名前にソレが何なのか尋ねた。

「え? ああ、これは風鈴と言う物ですよ」
「フウリン?」

 秘書は一瞬何のことか分からないようだったが、上司の目線でソレが風鈴である事に気付き、その物の説明をした。

「ええ。ワノ国に派遣された給仕の者から聞けば、コレは冬島の夏なんかでもむしむしとした湿気の多い暑い夏をやり過ごすため、秋を知らせるスズムシなどの虫の声とも似ているコレをワノ国の人々は風鈴の音を聞くことに涼しの風情を感じてきたらしいですよ。なのでここにもかけてみました」
「長ェわ! それに“なので”も意味が分からん」

 ノンブレスで楽しそうに説明した名前に呆れながらツッコミを入れてしまったスパンダム。

「ンなことしなくてもここは充分涼しいじゃねェか。バカかお前は」
「長官、セクハラですよ」
「暴言吐いたから?!」
「もっと悪いですね長官、人として」
「んなァ!!」

 グサリとスパンダムに言葉のナイフを刺した名前は「それにしてもコレ綺麗ですよね」と話題を元に戻していた。

「そうかァ? おれにはただのうるせェガラスにしか見えねェんだがな!」
「風情がないですねェ」
「ンだとォ!!」

 わざとらしいため息をついた名前はゆらゆらとやや強めの風に揺れる風鈴とやらを見つめている。
 それはガラス製の手のひらに収まるくらいの大きさで、お椀型をした外身をしており、それを逆さにして開口部を下向きに吊り下げられるように外側に紐をつけられている。
 内側には「舌」(ぜつ)と呼ばれる小さな部品を紐で吊り下げて、その紐の先には短冊のようなものを付けて風をよく受けるようにしてある。

「綺麗なものを綺麗と思う心が大事なんですよ」
「はっ、くだらねェ」

 スパンダムはそう言うとまた視線を硬い机に戻し、細かく神経質な資料と睨み合いを始めた。
 すると、またチリンチリンと“風鈴”なるモノが音を鳴らし風を男の頬に当てた。

「……」
「どうです? たまにはいいですよネ?」

 羽ペンを持っていた手を降ろし、またそちらに顔をやると、名前が楽しそうに短冊と戯れていたので「お前のたまには、は偶にになってねェんだよ」と呆れながらも、自身も椅子から身体を浮かせたのだから他に何も言えず彼女の傍に寄って行く。

「……こんなところで鳴らすよりもっと他に場所があんだろ?」
「他ってどこです?」

 上司としての口調より少し柔らかくして言うスパンダムに対し、名前は未だ秘書のままなので焦れったくなり口篭ってしまう。

「……分かってンだろう?」
「ふふ、はい」

 滝壺からの風に合わせて話に聞くよりもやや強めに鳴る涼しげな音に隠れそうなほど小さく言葉にした彼に、思わず笑い声が漏れた彼女は数日前訪れた恋人の部屋を思い出し、相変わらず秘書というひとつの仮面のまま返事をした。

 そんな長官と秘書という関係の2人が、ほんの一瞬だけ、触れるその瞬間だけ恋人に戻ると。またチリンチリンと聞き慣れない音が強めの風に合わせ頬を撫でて行った。


-END-

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