「ねぇ、今日もだったわよ!」
「え? うっそー、怖ぁい」
ここは司法の島エニエス・ロビー。
そしてそこで働く役員や海兵たちの身の回りの世話をする給仕たちは、何やらヒソヒソと人目を気にしながら囁きあっていた。
「テメェいつまで居る気だァ?」
「愚問ですね」
「いい加減にしろバカか貴様は?!」
石造りの司令長官室前の護衛兵士達にも聞こえるほどの大声で怒鳴り散らしているのが、この部屋の持ち主であるスパンダムだ。その彼の声を奇妙な顔をして互いを見る兵士達は何も無かったかのように護衛任務に戻った。
廊下ではそんな一瞬のやりとりをなされているとも知らず、スパンダムは自身の横に見える彼女に咳払いの後また怒鳴った。
「何の用事もねェ貴様が、この部屋にいつまでも居座られると困るんだよ!」
「何故ですか?」
「あ?」
怪訝そうに顔を歪めたスパンダムは隣の彼女を一瞥すると、イラついたようにだが今度は少し沈めて声を上げた。
「お前は自分がどういう状態か分かってて言ってンのか?」
「はい、もちろんですよ」
「……なら貴様の脳みそは腐ってるじゃないか」
「失礼ですね。長官よりマシですよ」
「貴様の方が失礼だアホめが!」
また奇妙な話し声がすると廊下の護衛兵士達が顔を青ざめさせた。
「何故そんなに困るんですか? ハッまさか恋人さんがいらして私たちを誤解して大変だとか?!」
「アホかッ!!」
「無いですよね、だと思いますよ。だって長官ですよ? 恋人とかッ……ふっ」
「テメェはおれを馬鹿にしてんのか?」
「はい」
「テメェッ」
なんとも失礼極まりない発言を繰り返す彼女に青筋をピシリピシリと作りながら、何とか落ち着こうとそばに置いてあったコーヒーに手をかけた時、ガチャっと滑らせ自身の服に見事にかけてしまった。
「ヴぁあっちいいいいッ!! コーヒー零したァ!」
「大丈夫ですか?」
の彼女が声をかけたと同時に、廊下に待機していた護衛兵士がバタンと扉を開け「長官大丈夫ですか?!」と若干慣れも入った声で駆け寄って来た。
「大丈夫じゃねェよ! 布巾持って来いよ!」
「布巾で拭いてもまた長官零すじゃないですか?」
「ハッ! 今スグに給仕の者へ持って来させます!」
そう彼女の声も無視しキビキビと出ていった護衛兵士に「ああ」と彼女のちらりと見ながら答えるスパンダムはコーヒーで自身の服が濡れているせいか不快そうな顔をしている。
「はぁァ……」
「……ため息をつくと幸せが逃げるそうですよ?」
「……分かっただろ?」
「……」
不快そうな顔をそのままに意味ありげに彼女を見つめる彼はどこか苦しそうだ。
意味のあるその視線に理解をしているのか彼女は何も答えず顔を下に向け、足があるであろう場所を見つめた。
「もう……帰れ」
「どこに……ですか?」
「そ、れは」
彼女は哀しそうな表情を隠すこともせず顔を上げると彼を見つめ涙を流した。
「ッ! 名前……泣くな」
「申し訳ありません、ですがッ……」
「分かってくれ。此処はお前のいる【場所】じゃねェんだ」
「……ッ」
石造りの椅子に座りながら隣にいる彼女に手を伸ばしたスパンダムは躊躇いもせず名前の頬を撫でようとしていた。がそれは触れる事も出来ず空をきった。
「……」
感触がしない事に苦しそうに顔を歪ませたスパンダムは一瞬その指を見るとギュッと手を握り、また隣にいる名前を見て声をかけた。
「1年は長すぎたか? 丁度去年の今頃だったろ?」
「はい、去年に私は……スパンダム長官の処に現れました。その1年前……一昨年に……私は死にました」
「ッそう、だな……」
そう彼女はもう【死んでいる】。では何故此処にいるのか?それは彼女も分からない。だが、彼女自身の――生前の何か思い残したモノが彼女がこの場所に留めているのかもしれない。
丁度2年ほど前、初めての暗殺任務であっさりと殺されてしまった。本当は革命軍の末端にいる人物に情報を提供してもらいその人物を口封じと銘打って暗殺するのが彼女の任務だったが、逆に裏切られ返り討ちになってしまった。
「……ッふぅ。でも長官? 私帰れと申されましても帰り方が分からないのですが?」
気持ちが少し落ち着いたのか、いつもの、ここ1年見ていた彼女のような口ぶり戻ってきたが、とても重要な事をさらりと言う彼女に脱力気味に驚いた彼だ。
「はァ?! お前は……ったく」
先ほど幸せが逃げると言われたばかりだが、またため息が漏れ、これはもう1年ほど不思議で少々生意気な彼女に付き合わなければならないなと思い始めたスパンダムだった。
「お前はCP9に配属された時からそうだなァ」
「え? 覚え、て……」
「あ? 当たり前だろ? おれを誰だと思ってやがるんだ」
実は彼女とスパンダムは1回しか会っていなかった。それも挨拶程度のもので、いくら上司と部下になるからと言えど1回しかも2年の前の事を覚えているとは思っていなかった。
彼女が驚きに口を開けずにいるとスパンダムは「お前はあん時からそうだ」と何やら言っていたが、ふと名前が何も言わないのを不思議に思いそちらに視線をやると。
「ッ……!」
「ありがとう、ございます。覚えてて下さって」
泣き笑いなどと器用な事をしてフワリと微笑む彼女にドキリと今まで感じた事も無いような痺れるような軋みを感じ、言葉が出なくなった。
「これからよろしくお願いします」
「バ、バカか貴様はァ!!」
不可思議な軋みを見なかったことにして名前にそう叫ぶと、隣からまたフワリと心地の良い笑い声が聞こえ、これからの1年に楽しみを覚えている自分がいる事に気がついた。
「ね、ねぇ……」
「いやよ、あんたが行きなさい!」
「ええー」
また廊下で長官が独り言を(にしてはデカ過ぎる)話しているのでキモチワルイなどと給仕や護衛兵士達が噂しているのを知らない彼らだった。
-END-