ピストル

 ヒヤリと冷たい空気が漂う中、コツリコツリと地面を靴が擦れる音がする。その音は、ある場所へゆっくりとだが着々と進んでいた。

 コツッとその音が止まった場所は、湿気の漂う嫌な空気の牢屋の前だった。その牢屋の中に入れられている女は目の前に立つ男を睨み付けた。

「よォ、もう充分痛めつけられただろう? ……いい加減吐けって」

 男はややゆったりと話し、その言葉には嫌味を入れ少し怒りも混じっていた。

「はっ、何を吐けって? 世界政府の人間に話す事は何もない」

 女は男の目を見てきっぱりと言った。

「ああ? ……お前自分が置かれてる状況が分かってんのか?」

 女がハッキリと言ったそれが気に入らなかったのか男は、眉間に皺を寄せ、鉄格子を蹴った。

 二人の間にあるそれはガシャンと煩い音をたて揺れた。

「っ……チッ!」

 耳障りなそれに男は顔を歪ませてでかく舌打ちし、ニヤリと薄気味悪く笑う女を忌々しくみた。

 女は確信していた。自分は殺されると。だが、それでも自分の持つ情報は渡さないと決めている。
 張り付けたような笑いを浮かべる女は革命軍の幹部の一人だ。

 世界政府は自分達に有利な駒が手に入ったと思っていた。何せ大犯罪集団革命軍の幹部だ。
 だが、今やその女は邪魔者でしかない。

 この牢屋に入れてから数日たったが、一向に口を割ろうともせず、ずっと薄気味悪い笑いを浮かべている。


「おい! てめェっ」
「スパンダム長官」
「ああ?」

 男が大声を出し何かを言おうとしたが、知るはずもない女が自分の名前を音にした。しかもご丁寧に役職名付きでだ。

「お、お前! な、何で……おれの」

 目の前の女には自分はただの海兵にしか写っていないはず。なのに何故?
 自分はこの人間の前で名乗ったか?いや、そんな覚えはない。
 そんな疑問が男の頭にぐるぐると渦を巻いた。

「あっはははははははは!」

 するとそこに狂ったように笑う女の声が聞こえた。

「ひっ! ……お、お前何なんだよ!」

 女の止まない笑い声にさっきのふてぶてしさは消え、怯え始めた。

「はっはははははは、……くくくく。ぷっ! あははは」

 奇妙な笑い声は周りの壁に反響して、男は恐怖した。
 あまりの恐怖に二歩、三歩と後退りし、生唾を飲み込んだ。

「あっははは、くくくく。……っ! あー悪いねぇ、怖がらすつもりはなかったんだけどねぇ」

 そう言って眉を下げた女だったが、肩がぷるぷると震えている。

「くくくく。…聞いたんだよ、偶々ね」
「き、聞いた?」

 はぁっと一呼吸置いてそう言う女に男はきょとんとした顔をした。

「そう、私を見張ってた二人の男がね。『スパンダム長官に報告だ』とか言っててね。初めは誰だろう? って思ってたけど……」

 女はそこで言葉を止め、また気味の悪い笑いを浮かべ始めた。

「……っ」

 ニタリとした笑いに男はまた「ひっ!」と声を出した。

「何となくね、分かったんだよ。……ああ、この人がスパンダム長官かって」

 ゆったりとした口調で言うそれはこの地下牢に似つかわしくない、まるで恋人に囁くような声色だった。

「っ……」

 地下の牢内に響く優しく愛しそうな声に男はゾクリと背筋を震わせた。
 それは恐怖からなのかは本人さえも分からない。ただ目の前の女の声が頭の奥から離れなくなった。

「……。ふっ……そこにあるのは銃だね?」

 コクりと生唾を飲み静かになった男に、女はわざとらしく話題を自分の牢屋から見える机の上にあるモノにすり替えた。

「それで私を殺すんだ?」

 チラリと目線をそちらへ移した男に、今まで聞いたこともないような低く、それで楽しそうな声が女から聞こえた。

「っ! あ、ああ」

 不気味な声を耳にしながら男はそれを手に取りに走った。
 カチャリと握ったそれは冷たく、男は何度それを手にしこれで何人の人間を手にかけただろう?と一瞬頭に浮かんだ。だが次にそれは“正義の為”っという歪んだモノが浮かび、直ぐに消えた。

「どうした? スパンダム長官殿、私を殺すんだろ?」
「っ!」

 やけに楽しそうな声に振り向くと、男はその手から銃を落としそうになった。

「な、何……っ笑ってんだよ!」

 笑っていた。
 女は笑っていた。今までの女は気味の悪い張り付けた笑みだったのだが、今の彼女はまるで仮面か何かを外したような笑顔だった。

「何言ってる? 私は何時もこの顔だぞ?」
「意味分かんねェ!」

 彼女がさらりと言った言葉に男はずんずんと鉄格子の前まで行った。

「もう一度言う! お前が持ってる情報を全て吐け!」
「いやだ」
「っ!」

 苛立った男の怒鳴り声に、女はハッキリと間髪入れずにそういった。

「……早く私を殺しな」
「ああ?」

 彼女がまたあの笑顔に戻った時、カチャリと握っていたそれを男は反射的に目の前の女に向けた。

「どうした? 何度もしたことだろ? ……手が震えているぞ?」

 子供に問いかけるようなそれは男の肩を跳ねさした。

「っくそ!」

 悲しみか苦しみ、様々な感情が入り交じった男の顔は歪み、カタカタと震える指先で引き金に指をかけた。

「……っ!」

 見つめた先にまたあの笑顔が見えた瞬間、男は何かに弾かれるようにそれを引き、その場には乾いた破裂音が響いた。

「あ、……」

 赤い血がたらたらと女を濡らすそんな中で、男からはその一言しか出てこなかった。

 ニヤリとした笑いが消えた女はグラリと倒れ、言葉を発しないただの屍と化した。

「失礼します、スパンダム長官殿! 今の銃声は」

 バタバタと騒がしい音をたてこちらへ来た海兵は、敬礼をし先ほどの事を聞いている。

「いちいちうるせェ! ……さっきのはこの女、革命軍幹部の名前を始末しただけだ」

 カツリカツリと出口へ向かう男は、目線だけで女を指すと敬礼をしたままの海兵の横を横切った。

「し、始末?」
「ああ。こいつの死体は任せたぞ」
「へ? あ、はっ!」

 ピシリとした敬礼をし直した海兵は男が数メートル離れると牢内の鍵を開けに歩いた。

 その牢屋に背を向けカツリカツリと歩き続ける男は、引き金を引いた腕を折れるのではないかという程握りしめていた。

「……っくそ!」

 忌々しく吐き捨てたそれは地下に虚しく響いた。



-END-

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