パタパタと潮風を織り交ぜ、黒く分厚い遮光カーテンが揺れその人物の侵入を知らせた。
時刻は深夜2時を回っているというのに、揺れたカーテンの外は明るく室内も灯りなど必要にないほどに侵入者の影を浮き立たせた。
「……世界政府海軍本部CP9司令長官、スパンダムだな?」
「な! なんだァ?! 貴様はァ?」
部屋の持ち主であるスパンダムは物音がしたのに気が付いたのにも関わらず、背後をとられ尚且つ喉に刃物らしきモノを当てられてしまい身動きを取れなくなってしまっている。
「私は革命軍に雇われた、ただの殺し屋だ」
「こ、殺しッ……!」
フワリと潮の香りと共に血なまぐさい嫌な、だが嗅ぎなれた匂いが背後からして、ゾクリと背中を震えさせたスパンダムは、声色からして女だろうその人物の顔を見ようと目線を動かす。
「私の顔は見ない方がいい。見たところで貴様は死ぬ、意味はない」
「……。何なんだ貴様はァ?! おれを殺してなんの得にッ!」
「貴様ちゃんと人の話しを聞いていたか? 私は“革命軍"に雇われたんだ、政府の役人を殺すになんの疑問も抱かない」
そう革命軍。世界政府そのものを壊そうとしている世界的な大犯罪組織だ。
その犯罪組織に雇われたというこの女は、なんの強弱も付けずただ淡々とそう答えた。
「……それに、私は貴様に個人的な恨みがある」
「はァ?!」
そう小さく言うと、女はまた淡々と言葉にしていった。
それは彼女がまだ10にもなってない頃。
当時まだCP5の主管だったスパンダムは、反乱組織がある国で確立されているという話が入り、それを消し去りに行った。
その国で反乱組織のリーダーのとなる人物諸共全滅させるのが彼の任務だったのだが、リーダーと言われていた夫婦が驚いた事に、今彼の後ろで発している女の両親だというのだ。
彼女が言うには、スパンダムは両親が「無実だ」と「誰かに嵌められた」と命乞いをしているにも関わらずそれを嘲笑い、無残にも斬り殺したという。
「……。貴様は、……私の……」
「そうか。……」
たったそれだけ。
スパンダムは女からその話しを聞くと一言そう言うと、ふと目を閉じ「おれを殺せ」と言った。
「……」
暴れもせずただ静かに受け入れる男に不信感を抱いた女は、一瞬だがナイフを持つ手を躊躇わせカチャリと動揺の音をさせた。
報告と違う。そう思った女は狡猾な男の次の手を読もうと脳内を動かした。
「……ッ! 貴様ッ、それをどこで?!」
「あ?」
男が何故か死を受け入れ深く腰を椅子にかけ直したところで、カシャリと金属のナニかが落ちる音が聴こえそれを目で探すと、女には見覚えしかないものが存在していた。
だがそれは男が持っているには実に残酷だと思えるモノだった。
「そ、れはッ……それは私の父のモノだぞ!! 貴様どこまで人を馬鹿にすれば気が済む?!」
「……」
それまで淡々と感情のない人形のよう話していた女とは打って変わって、声だけで怒りで全てを支配された復讐者の言葉だと分かるよう感情を爆発させた。
「わたしの……わた、しの両親を殺しただけでは飽き足らずッ! 亡骸から盗みまで……ッ! 貴様はどこまでッ!」
「……違う」
苦しくも哀しみの声のように聞こえた男からの言葉に「どういう事だ」と震える喉で問えば、その先の物語は女が知らずして現在に至るには欠けた破片を嵌めていかねばならないだろう。
その男が語るには、反乱組織のリーダーである女の両親を殺す、そういった任務でその国に行ったのは事実だ。だが、夫婦はリーダーでもなんでもなくただただ日常を送っていたに過ぎない。
それが何故主犯格のように報告されていたのか。それは、所謂二重スパイという輩だ。そいつが反乱組織側に自身のスパイ疑惑が向けられ、それから逃げる為夫婦の名前を挙げた。組織の中でも政府にコチラの動きがバレ始め何とかしなければならない時だった。これ幸いとこちら側のスパイに都合の良い謝った真実を伝えるよう指示し、彼らが何も関係ないにも関わらず巻き込まれてしまったのである。
ただ彼ら巻き込まれてしまった哀れな夫婦だとスパンダムに伝えた時にはもう遅く、国から既に裏切り者だと排除するべき悪だと追われる身となってしまっていた。
だとしても彼らの愛娘は護りたい。そう涙ながらに訴える二人を前にしてスパンダムは、1時間猶予を与えるから子供を睡眠薬で眠らせ二人の最期を見させない場所へ連れて行けと伝え、控えていた部下に任務に使う用として配布された睡眠薬を彼らに渡し自分達は夫婦の隠れ家で待つことにした。
それから間もなく、2人が青白い顔をして戻ってきた。愛娘は唯一真実を知っている人物にこの国から遠く、地図の中でさえも遠くの国へ行ってくれと託したという。
「……もう時間がねェ。いいな」
「……ああ」
そういうと男性はカシャリと何かを出し、これだけは持っていてくれと最後の頼みを少し傷の入った懐中時計を渡し、彼のナイフを受け入れた。
「……なんだそれ。……わたしはッ……私は貴様に生かされたとでも言いたいのかッ!!」
「……」
残酷過ぎる真実を知ってしまった女はスパンダムに突きつけているナイフを震えさせ、漆黒を思わせる復讐者という衣服の中にある両親からプレゼントとしてもらった小ぶりな懐中時計を握りしめた。
「……。ッ……クソが!」
女は何かを決断したようにひとことそう言うと、持っていたナイフを裏返し、ヒュッと風を裂くように滑らせた。
「お、お前! 何考えてンだ?!」
「……今貴様は私の中で死んだ」
感情なくして放ったひと言は女の中で何かが切れ壊れた瞬間だった。
「私はもう革命軍にも、どこにも戻るところがない。……貴様が両親の元に帰してくれ」
「ッ……バカか貴様はッ」
泣き声に似た弱々しい声で自身の両親と同じ頼みをスパンダムにする女は心底疲れきったようで。先程まで強く握っていたナイフを、ガシャリと音を立てて目の前にある石造りの机に投げると、一歩男から離れ、自身の死を待っている。
「……」
「何を躊躇う。……死体の心配ならするな、幸いここは滝壺だろ? ここから飛べはいい」
深夜の3時も近づく頃だというのに相も変わらず明るいこの島を窓を通して見た女は、その全てを諦めたようだった。
「……お前は今どこにも帰る場所がねェんだろ?」
「そうだ。分かってるのならはや、」
「おれの側にいてろ」
「は?」
素っ頓狂な声を上げる女を無視して、話しは終わりというようにスパンダムは投げ捨てられたナイフをスっと取るとそのまま自身の座っていた石造りの椅子に叩きつけた。
ナイフを壊すと同時に振り向いた男は驚愕した。
「……まだガキじゃねェかよ」
「ガ、ガキじゃない……」
よく考えれば分かることだ。スパンダムは女の両親に手をかけた頃まだ10にもなっていなかった歳だ。
それからまだ10年経っていないかどうかくらいだ。スパンダムから見ればまだまだ子供に見える、いや実際子供なのだろう。
「……さっき言葉はなんだ」
「あ? そのままの意味だよ、おれの……あー、給仕か何かでここにいりゃァいいンだよ」
良い事を思い付いたとばかりに自分の提案を満足そうに言ってのけた。
「は? 先程私は貴様をこ、殺そう……と。正気か?」
「あ? おれの頭はいつも冴えてンだよ!」
女は……いや少女は呆れたように頭を振りこれは現実なんだろうかと、先程までの殺伐とした空気を一瞬にして変えたこの男に自分は何を頼んでいたのだろうと、別の意味で疲れたようだ。
「……もう貴様の好きにしろ」
「名前は?」
「はァ?」
「テメェの名前だよ」
「……名前」
ボソッと発した声には若干の照れがあるのか。その少女の表情は無理に無を装っている為か強ばっていて、スパンダムはむず痒い感情を覚えた。
「……ふーん。名前ね……」
「なんだ」
「や、別に」
互いに表情を表に出したくないのか、ピクピクと顔の筋肉に力を入れるという奇妙な空気が深夜の3時過ぎの明るい部屋に漂っていた。
名前はスパンダムの給仕となるのか、若しくはそれよりも近い関係となるのか、まだ分からないが、それは両者持つ少し傷の入った懐中時計が時を刻み教えてくれるだろう。
-END-