平和に行きましょう。
情報屋のlady
「珍しいわね、貴方が私を呼びつけるなんて」
品質の良いソファーの上で上品に足を組み換えた女が、目の前にドカリとそのソファーに似つかわしくない体制で座る男に問いかけた。
「フッフッフッ、まァただの暇潰しさ」
奇妙な笑い声でそう答えた男は、張り付けた笑みを深めた。
そんな男に女は呆れた表情を返した。
「ちょっとただの暇潰しにわざわざ私を呼び寄せないでよね。これじゃあ商売にならないじゃない」
女は軽く眉を歪めながらそう言った。
それはそうだろう。彼女はある国の情報屋だ。その国は殺し屋の仕事を主にしており、情報屋もその仕事のひとつだ。
そんな彼女の情報提供は幅広く、何時もは1日に色々な場所へ飛び回っていたりするのだ。
今日もそのはずだったが、急に目の前の男から呼び出しの連絡が入り、予定を調整し此方へ来たのだ。
だが目の前の男は、せっかく調整した予定を「ただの暇潰し」で終わらせてしまったのだ。
「ったく……」
彼女からすれば、この男に時間を取られてる場合ではないのだが、如何せんこの男は自分の大切なお得意様だ。それにこの男に弱味を握られているのもある。
女が眉を潜めたまま、また溜め息をつき今度は男を睨み付けた。
「フッフッフッ、てめェの……名前のそういう顔、たまらねェなァ」
睨み付けられているのに男は奇妙な笑い声をあげそう言った。
「っ! ……最低」
多分心の底からそう思ったであろう事を口にした女は、視線を男から外し、窓にやった。その窓は、今いる場所が船内である事を忘れされるくらいに大きく、そこから見える世界は正に絶景だった。
「フッフッフッ、何とでも言え」
視線の先は絶景で、いくら見ていても飽きないくらいだったが、周りから聞こえる声は、視線の先とはそぐわないという事に、女は舌打ちをしたい気分になった。
「……。海賊って随分暇なのね?」
ニヤリと嫌味を言った女に、張り付いた笑みを崩す事なく男は手元にあるラム酒を煽った。
「大層な事を言うようになったじゃねェか。フッフッフッ、……お前が望みならお前の国を潰しちまってもいいんだぜ? おれは。フッフッフッ」
ラム酒を片手に愉快そうに笑う男に、女は背筋をゾッとさせた。
「っ! ……卑怯よ」
ニヤニヤと表情の読めない顔を見せるその男に、ギロリと睨み付けた女は、膝の上にある自分の拳を、爪が食い込むほど握り込んだ。
この男ならやりかねない。
女の心に声がそう響いた。
それはそうだ。自分が今生きていられるのは、目の前にいる男のおかげだからだ。
情報提供と引き換えに、国を養う金を受け取っている。その金は何処からの金からか女には検討もつかないが、数年前、女の父が男にビジネスと称してこの話しを持ち掛けたのがきっかけだ。
だから下手な事をしてしまうと、取り返しのつかない事になってしまう。
「フッフッフッ、おれは海賊だぜ? それに卑怯ってのは偽善者に使うもんだ」
「……っ貴方と話しすると調子が狂うわ」
やや早口に言うと「帰らしてもらうわね」と席を立った。
だが、女は扉へ向かうはずが、男のほうに足を向け、何かに操られているように歩いた。
「ち、ちょっと! 止めなさいよ!」
一歩一歩と男に向かう女が抗議の声を上げるも、それを無視するかのように足は動く。
男を見てみると、片腕を持ち上げ、その指先を奇妙な形に折り曲げていた。 どうやらこれは男の仕業のようだ。
「も、止めてって!」
近くなった男を最後の悪あがきか、腕だけは自由に動くようで、それで突っ張ってみたが、男と女の力の差というものか、簡単に男に抱きすくめられた。
「放して! 放してよ!」
抱きすくめられた女は男の胸にすっぽりはまり、くぐもった声でまた抗議した。
「フッフッフッ、言ったはずだぜ。おれの暇潰しで名前を呼んだって」
「だからって……」
頭上から聞こえる男の声は何時もと変わらなかった。ただ、抱きすくめられているせいか、男の息遣いがよく聞こえた。
「フッフッ……付き合えよ、おれの暇潰しに」
「えっ……!」
あの奇妙な笑い声のあと、いきなり顎を掴まれ上に向かされ、我が儘な3歳児かというような事を言われた時、急に唇を奪われた。
それは一瞬だったが、女には見えた。
キスをする瞬間に男が外したサングラスの奥を。
-END-
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