平和に行きましょう。

コトダマ


「……何読んでんだ?」
「わ! ドフィ、びっくりさせないでよ!」

 ある日の昼下がり、私室のソファーでゆっくりと寛ぎながら最近ハマっている読書に勤しんでいると、自身の頭上からいきなり声がして肩を飛び跳ねさせた名前は、1度驚きに閉じかけた本をまた開け、自分に声をかけた相手をほったらかしてまた読書の世界へ入ろうとした。

「フッフ、……『私を置いて死なないで』か。お前も言ってみたらどうだ? こんな台詞」
「……死んでもお断り」
「フフフフ、つれねェなァ」

 ちょうど彼女が読んでいた場面は終盤で主人公が深手を負いながらもヒロインのいる場所へと帰って来た場面だ。そこで主人公は意識が朦朧とする中でヒロインに愛の言葉をかけるのだが、ヒロインは愛の言葉なんかよりも自分を置いて逝かれるほうが辛いと涙ながらに訴えかける。そんな恋愛小説であるド定番中のド定番のシーンだ。
 それを邪魔されたからか名前は、そのへんにいる大多数の女性なら愛らしい瞳を潤ませ読むであろう小説を、小難しい論文やらを読むように眉間を器用に寄せていた。
 その横にドサリと名前の身体に合わず、大きく造られたソファーに彼が座れば、それを拒否するかのように体勢を変え彼に背中を見せた。

「オイオイ、そこまで嫌がることァねェだろ?」
「ちょっと黙って、今読書中なの」

 名前の態度に面白がるように言う彼をバサリとかわし会話を終了させた。

「フッフッフッ……そうかよ」

 彼がそう言い残して暫くは名前が本を捲るサラリという乾いた音だけだった。

「……。ふぅ……」

 単調とした音と心を許せる相手がそばにいるというので心地がよくなったのか、うつらうつらとした彼だったが、パタリと名前が本を閉じた音を耳にしてはっとなったようだ。

「……やっと終わったのか」
「ええ。でも珍しいわねあなたが大人しく待ってるなんて。そんなに私に構ってほしかったの?」

 背中を向けていた身体を少しずらし、そのまま彼に委ねるようにして倒れ、よほどストーリーの後味が良かったのか、その体勢のまま機嫌良く彼に尋ねると「フッフッフッ」と独特の笑い方をして質問には応えすに誤魔化したようだが、彼女にはそれはYesとしか取りようがない。

「あなたにしては可愛い事するじゃない? ドフィ」
「フッフッ……いい加減そのうるさい口を閉じろ名前」
「ふふ。あら? 構ってほしかったくせにそんな事言うの?」

 クスクスと楽しそうに笑う彼女に、いつもの人を食ったような笑いをする彼は憎まれ口を叩くもそれはただの照れ隠しにしか見えず、どうやら彼女のほうが一枚上手のようだ。

「あ! ねぇ、ドフィ?」
「ああ?」

 クスリと笑う彼女が何か思い出したような声を出すと、スルリと腕を彼の首に巻き付け、猫のように擦り寄った。

「あなたに言い忘れていたことがあるの」
「名前?」

 急に耳元で囁かれ、いつもの笑いがなくなり。

「ふふ、……『私を置いて死なないで』」
「ッ!!」

 切なそうな切羽詰った声で囁かれ、珍しくサングラスに隠された瞳を見開き、ドクリと心臓が大きく脈打った。
 それは彼女の本音なのかはたまたただの気まぐれなのかは分からないが、ただ彼女がその言葉にナニかをのせて囁いたことには違いない。



-END-

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