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ホテルのロビーで手続きをしてくると言ったまま露伴はなかなか帰ってこなかった。

「(おっそいなぁ.......)」

すぐに済むと言われていたなまえは、落ち着かないのかそわそわしている。でも周りは自分に自信満々、といった若い女の人だとか、いかにも育ちの良さそうな夫婦しかいない。
それもそのはずなのだろうか....。このホテルは海外のあらゆる高級リゾート雑誌の表紙を飾るような五つ星ホテルらしい。
その内装は、著名なVIPをクライアントとして活躍するナポリ出身のインテリアデザイナーによってコーディネートされているせいか、階段も廊下も、すべてが美しかった。
すべて露伴に任せてしまってるけど。
お金は大丈夫なのかな....。きっと金額を聞くだけで倒れてしまうに違いない。いくら露伴とはいえど、お金が足りませんなんてこと.....まさか、ね?
私は考えだしてしまったらずっと不安で仕方なかった。
黒服にサングラスの男がいきなり何人もやってきたらどうしよう!なんて慌てたりもしたのに。

それなのに当の露伴は、けろりとした顔で私の元へ戻ってきたのだった。

「露伴....!良かった!心配してたの」
「?何をだよ。それより、君も買い物がしたいだろ?今日は街を出ようぜ。ローマにでも行こう。」
「....!うん!」

私は嬉しくなって頷いた。
ローマになら、自分の浅い知識でも知っていることはある。トレヴィの泉は、高校で世界史を習った時に絶対に見たいと思ったし、ベルニーニの作った他の噴水も見たかった。



「ねえ、露伴はイタリアは初めてじゃあないの?」
「ああ.....ローマ、ヴェネチアやフィレンツェなんかには何度か来たことはある。取材でな。」
「ほお、」

だったら道に迷わないから安心。
....あれ、私って露伴がいないと何もできない?神様、絶対迷子になりませんように。
なまえがうんうん、と口を開けながら頷くので、露伴はなんだよ。となまえを見つめる。

「ううん、なんでもない」
「....ほら、どこへ行きたいんだよ」
「えっとね、」

ホテルで見ていたガイドブックをここで出しながら、露伴に行ってみたいお店をあれやこれと教えると、一緒に覗き込んでくれて、私の意見をかなり真剣に聞いてくれる。
ワガママを聞いてくれるって本当だったんだね。ちょっと意外。

「よし、まずは鉄道だな」

露伴は自分の胸ポケットからスマートフォンを取り出す。
なまえが画面をチラッと見ると、訳のわからないイタリア語らしいものがずらずら並んでいたので見るのをやめた。
頼もしい夫でよかった....。
そして数分もしないうちに作業が終わったのか、露伴はなまえに手を差し出す。

「ん」

これは手を繋ごう、という合図だ。
なまえはいよいよ嬉しくなって、ぎゅう!と腕ごと露伴に抱きついた。




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