はつ恋


本が好き。なんてありきたりの自己紹介を、その当時の私はしていた。高校3年生。受験を間近に控えている。
家にいたら受験勉強なんかする気にはならない。大抵は、好きな漫画を読んでしまったりついつい昼寝してしまったり.....高校受験の時の失敗を教訓にして私は毎日図書館に通うことにした。
図書館に通い始めてから1週間。私はあることに気が付いた。
決まって、顔を見る相手がいる。
話したことはなくても私はその人を知っていた。

確か、高校の時に現役で漫画家デビューしたっていう、人...。

名前はよく覚えていない。ただ、私がまだ1年生だった時に学校の新聞で記事を読んだような...。
私のこれはおぼろげな記憶で、彼が一体誰なのか、よく分からない。

「(はー疲れたあ....)」

昼食から帰ってきたなまえは体を伸ばす。すると、図書館の机の上に本が置いてある。
なまえは首をひねった。
この本、確かタイトルが「はつ恋」なんて本だけどこの間もここに置いてあったような気がする。作者の名前はツルゲーネフ。
興味本位でそれをペラペラとめくっていると、何かが落ちた。

「なにこれ」

"名前が知りたい"

ただのメモ帳の切れ端に綺麗な字で、たった一言だけそう書きつけられている。

「(名前が知りたいだって、どういうこと?)」

なまえはますます首をひねったが、その本がどうしても気になり、紙のことは置いておいてその本を読んだ。
深い愛の話だ。読み終えて溜息がでるくらい素敵な。恋をすると人は変わる。恋は、誰をも邪魔をすることはできない。

"あなたは誰なの?"

そしてなまえは自分のメモの切れ端をそっと挟んだ。本はまた机の上に置いて、今度は何事もなかったように知らんぷりを決め込むと別の場所で作業をはじめた。

午前11時。
いつものように外で昼食を取ろうとして席を立つ。ふと本棚の向こう側を覗くと、朝置いていた例の本が綺麗になくなっていた。

「(......気になる)」

柄にもなくソワソワしてしまう。なにも知らないような誰かが手に取ってあの紙切れを見たなら、頭がおかしいやつと思うだろうから。
私はなくなった本がどこに片付けられたのかを探すことにした。

「っわ、!」

「失礼」

なまえが本を探してあちらこちらに目を向けながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。
相手は短く返事をすると、すぐになまえを通り抜けてしまう。

「あ、....!」

あの人だ。いつも朝に決まって顔をあわせる、漫画家の....。
びっくりした。だけど初めて彼の声を聞いた。かなり急いでたみたいだけど、何か急用だろうか。
まあ....私の知った話ではないけれど。
結局、本棚にはあの本は見つからなかった。ツルゲーネフの「はつ恋」。

それがまた私の目の前に現れたのは、その翌日のことだった。
私はまた同じテーブルの上に置かれた本を手にして、そして一気に驚かされることになる。

"ぼくはマンガ家だよ。"

なまえはその文字をもう一度だけよく確かめる。

「(これって、いや、もしかしたら....でも、)」

頭の裏にチラつくのは、本棚の隙間を通り抜けていくあの後ろ姿だった。

"何歳なの?"
"20歳だよ。君は?"
"18歳。どうしてこんなことをしてるの?"
"リアリティーのある漫画を描くためだよ"
"どんな漫画を描くの?"
"言葉じゃ伝わらないさ"
"あなたの漫画が読みたい"




"19時に来るよ"


なまえは確信していた。この奇妙な手紙交換の相手は、あの名前も知らない彼だろう。
とても不思議だった。なまえはドキドキする気持ちよりも、ワクワクする気持ちでいっぱいだ。
午後19時を回った時、なまえの前には約束通り素敵な漫画家がやってきた。
そしてその漫画家は自分の描いた漫画を見せながら楽しそうに笑った。
「なまえ、君とずっと話しがしたかった」と漫画家は言った。「漫画のリアリティーのため?」となまえが聞くと漫画家が首を振る。
「君のことが好きなんだ」と顔を赤くしながら呟いた漫画家のことを、なまえはとても愛しく思えた。
聞けば漫画家は随分と前からなまえのことが好きになり、話しかけようにも上手く話しかけられなかったらしい。

「でもね、露伴って付き合った後は急に態度がデカくなったのよ?俺の女〜アピールがすごくって....」

「詳しく語りすぎだよバカ!」

「い、いたぁ〜い!」

露伴はなまえの頭を容赦なくぶっ叩いた。隣にいた康一は驚いたが、仗助と億泰はもう目が死んでいた。惚気話なんて聞きたくないから帰ろーぜ、と言い出そうにも自分達のドリンク代を奢ってもらったなまえには逆らえない。

「だってあの時の露伴、すっごくかっこよかったんだもん」

「、っ〜〜」

それはなまえの発言に顔を赤くさせる露伴も同じであった。

「いい思い出よね」

「だからあれはあくまで漫画の.....」

「はいはい。漫画のリアリティーのために仕方なく、ね。」


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