反射



頭上からヒュゥゥ、という音が聞こえて仗助は首をひねった。なんの音だ。この聞いたこともねぇ音は。

「危ないッ!そこ!」

「は、っ!?」

仗助は咄嗟に左方向に避ける。なにやら黒っぽい物体を畳み掛けるように追撃していく背中を目で追いながら、やっとの思いでその人物を見分けることができた。

「っ、わ、なまえさん....!」

「大丈夫?仗助くん」

音もなく消えたなまえの背後のビジョンに目が行ってしまっていた。
まずい。なまえさんの綺麗な顔が目の前に。額に一筋の汗をかいている。
いや、じゃなくて、

「いや、なまえさんこそ大丈夫っスか?今のって...」

「私のスタンド能力だよ。承太郎から聞いてる?」

なんでもなくあっけらかんとそう言うなまえに仗助はふるふると首を振った。なまえのスタンド能力は今までに一度も見たことがない。今、何が起こったのかも正直なところ目に追えなかった。仗助が呆然としていると、なまえがくすりと笑ってその手を取った。

「え、ええ、えっ、な、何っスか?(なまえさんてて手、手、手がァァ)」

「ハンティングに行くよ!」

「へ?ま、ま、またっスかぁあ〜?」

残念なような、ホッとしたような。
なまえに着いて行った仗助は色々な意味でドキドキしていた。





「なまえは強い。」

承太郎さんがそう確信を持って言っていた。プッツンするとだいぶ恐いらしい。なまえさんは承太郎さんの義理の妹。初めて会った時から、俺はなまえさんに惹かれていたんだ。


「帰りに露伴さんの家に寄るから、」

「っ、お、俺も行きます」

「?いいけど」

承太郎さん達と別れたあとクレイジーダイヤモンドでなまえさんが負った怪我を治している時に、前髪の後ろに小さな傷跡を見つけた俺はそれを治そうとした。

「やめて!」

なまえさんに珍しく声を張り上げられてしまう。なんとなく気まずくなって、俺はそのまま露伴の家までズルズルとなまえさんの背中を追いかけた。
なまえさんのことが知りたい。もっと。ただ、それだけ....。

「なんでお前が来るんだよお前が」

「お前に会いに来たわけじゃねーっスよ露伴」

仗助と露伴はべえっと舌を出し合った。そんな二人の後ろでなまえは棚に収まった資料を見て回る。

「うわあ、露伴さんのこれ、欲しかったやつです!読んでもいいですか?」

「ああ、いいよ」

なまえが喜んで画集を持って行くと、露伴が仗助を見てハンと鼻を鳴らした。

「......まあ貴様のようなダサい人間には"僕となまえ"の価値観にはついていけないと思うがね」

「あ?何スって〜?」

相変わらず犬猿の仲であるのには変わりがない。強いて言うのならなまえが居てやっと戦闘が始まらないというだけだ。
睨み合っているうちに、仗助が先に目を逸らして露伴の部屋をぐるりと見回す。

「(たいしたもんねぇじゃねースか)」

なまえさんでも見て暇を潰そう。そう決心した仗助だったが何かに気がつく。

「これ、」

スケッチブックに水彩で描かれた1枚の絵。まだ描きかけだが、どこか目を惹かれるものがある。

「それ私が描いたの」

「え、」

仗助はわっと目を丸くする。
いつの間にかなまえがすぐ後ろに立っていた。

「えと、その、綺麗、っスね」

「ありがとう。これね、兄なの。」

「なまえさんの、お兄さん?」

「うん。すごく優しくてね、大好きだった、血の繋がった本当の、兄」

なまえの目がゆっくり伏せられる。その横顔、揺れる前髪を見た瞬間に仗助は何かが繋がった気がした。

「さっきの、....仗助くんの、スタンドで治して貰いたくなかったのは、この傷を消したくなかったからなの。」

なまえさんが語ってくれたこと。
それは、俺にはまったく想像もつかないこと。それすらも超えた長い旅。この狭い杜王町で生まれ、育っただけの俺には、きっと理解できないこと。

何も言えない俺に向かってなまえさんは言う。

「兄を、守れなかったことを忘れないために私はこの傷を消したくないの」

「......なまえ、さん」

それでもなまえさんは、隣でそのスケッチブックに描かれた一人の人間とよく似た儚い微笑みを浮かべていた。


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