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夫の姉、葵枝からすると義姉にあたる方が、雪の中で戦う姿を生涯忘れることはないと思う。
夫が先立ち、悲しんでばかりではいられないと顔を上げた葵枝の肩を、黙って引き寄せてくれた方だ。
その優しい義姉が、吹雪の中を着の身着のまま、武器だけを持って夜中に訪ねてきた。
今までそんなことは一度たりともなかったもので、すわ何事かと思えば義姉は汗だくで、たいそう焦った顔をしていた。
葵枝が顔を見せると、途端に安心した顔になったので、もしや心配して来てくれたのか?とふろをすすめた。
湯をざっと浴びただけだろう、まだ体は冷えきったままだろうという義姉が、家族を集めて言う。
これからここに人間に化けた鬼が来るから、家から出るな、と。
義姉はどうするのだ、と聞けば、当然のように、当たり前の顔をして言うのだ。
「葵枝、安心おし。誰一人死なせはせん」
いくら説得をしようとも、義姉は首を縦には振らなかった。もはやこれまでか、と考えを巡らせていれば、義姉が静かに、と銃を手に取った。
皆が息を呑む中、戸が叩かれ、そして男の声がした。
戸を開けようとかけられた指先が見えた、その瞬間に義姉が引き金を引いて、即座に撃鉄を起こす。
何度かそのやり取りを繰り返せば、戸を力任せに壊した男が義姉を外に放り投げた。
なんと力の強い、これが鬼か、と子どもたちを守ろうと動けば、咄嗟に前に出た長男が標的にされた。
危ない、間に合わない…!と長男の炭治郎の名を叫べば、同じことを思ったのであろう、禰豆子が庇って背に傷を負った。
葵枝はザァーと顔から血の気が引いたが、それだけでは飽き足らず、男が愉快そうに禰豆子の傷に血をかけた。
なんてことをするのだ、鬼というのは、と今度こそ子どもたちを背に庇う。
たとえ死しても必ず守る、と覚悟を決めれば、突然鬼が後ろに倒れ込んだ。何事、と思えば義姉が鬼の後ろ首を引っ掴んでひきたおしたらしい。
驚くべきことに、義姉は鬼に裂かれようと殴られようと、決してその手を離さなかった。
掴んだその手はそのままに、自らもまた傷を負いながら、鬼の顎を砕き両手両足の骨を折り、火かき棒片手に鬼の髪をひきずって吹雪の中を出ていった。
義姉の歯は折れ、おそらく鼻や手足の骨すら折れていよう。血だらけのまま、決して離さぬ、とばかりに鬼を遠ざけていった。
やっと息ができる、と思考が戻ってくれば、ぐったりしていた禰豆子が突然苦しみ出した。
唸り、歯は鋭く、そして何より額に角が生えた。
家族に襲いかかりそうになっているのを、必死に歯を食いしばって、逃げろと言うのだ。頼むから逃げてくれと懇願する禰豆子に、どうすればその苦しみを取り除いてやれるのか、と頭を悩ませ、そして混乱する。
そうしたら、ほんの瞬きほどの時間で義姉が戻ってきた。
戸口から差し込む陽の光を背負って戻ってきた義姉が、禰豆子を見るなり意識を刈り取って昏倒させた。
禰豆子の傷を的確に処置し、また自分の傷も程々に処置すると、葵枝達に向かって深く頭を下げた。
何故、何故頭を下げるのか。
不甲斐ない姉ですまない、と頭を下げるのか。
この義姉は何を言っているのか。
最初に言ってくださった通り、誰一人死ななかったではないか、頭を上げてくださいといくら頼んでも、義姉はついぞ顔を見せてはくれんかった。
義姉が一人で責任を負うことに悲しくなって、葵枝はたまらず義姉を抱きしめたが、抱きしめ返してはくれなかった。
しばらくすると、黒い隊服に身を包んだ若い男の人が訪ねてきた。義姉がここに向かってくる前に要請していた鬼殺隊の隊員だそうな。
冨岡義勇、と名乗った方と共に、禰豆子を守るように座る。
到着が間に合わなかったことへの詫びを受け取り、竈門家のこれからについて相談することとなった。
鬼となってしまったからには鬼殺隊は禰豆子を殺す他ない、という意見が出された時、葵枝達が反論するよりも早く、義姉が冨岡殿を黙らせていた。
「発言には気をつけろ。禰豆子はまだ鬼になって間もない、そして人間を食らわず飢餓に耐えた。」
さすがというべき貫禄であった。
話し合いの末、禰豆子と炭治郎が育手の元で修行を積むことになった。鬼殺隊から逃げても追われるだけ、ならばいっそのこと鬼殺隊に入り、鬼の首魁を打ち倒すことが現実味のある方法だろう、と意見が合致したのだ。
冨岡殿の紹介で、鱗滝左近次という名の育手の元へ禰豆子と炭治郎が行くことになった。
その付き添いをかってでた義姉が、紙にさらさらと何かを書き付けてこちらに寄こす。
なんでも、義姉が懇意にしている商売人らしい。鬼殺隊に身を寄せても、義姉の職場に身を寄せても、危険なことに変わりはない。今義姉が知りうる中でいちばん安全なのはここだから、この商売人を頼りなさい。
そう言って、義姉と炭治郎、禰豆子が旅立った。
───────葵枝はいつも、義姉に守られている。