歳上な君

ゆらゆら 。一歩歩みを進める度に揺れる真っ黒な液体。

ふわふわ 。両手に持った二つのマグカップからはまだ湯気が立っている。

……
「ここ置いとくね」
「ん、ありがと!!」
まだ湯気がたち続けているそれを彼の作業している机に置く。机の上には幾つもの五線譜とパソコンと音楽プレイヤー、眼鏡をかけて真剣にパソコンを見つめる横顔は大人びている。しかも本日は珍しく完全にあちら側へトリップしたわけじゃなかったのか、返事が返ってきた。
(……お仕事してる時のレオくんはやっぱりカッコイイな)
仕事の邪魔にならないよう少し離れた所に腰を下ろし、その姿を見つめる。
作業を進める手は止めず、右手でパソコンを打ちながら左手でフーッと熱を冷ましてからそれをゆっくりと喉に含む。
私の手元にあるこれとは種類の違うそれ。私なんて先日ようやくミルクが半分珈琲が半分のものが飲めるようになったというのに(しかもあまり飲まない)彼がよく好んで飲むのは真っ黒なものだった。

……美味しいのだろうか。あれは。

一度気になってしまうの止まらないのが人間の性だ。つい、彼の動きを目で追ってしまう。喉元がゴクリと動きそれを飲み込む姿をただひたすら見つめていると
じっと見つめる私の視線に気づいたのか彼は黄昏色の尻尾を揺らしながらこちらを振り返りコテン、と首を傾げた。通常の男がやるとかなりあざとく引いてしまう仕草だが彼の顔でやるとただ可愛いだけだった。ずるい。彼は黙ってしばし探るような視線を向けたあと突然思いついたように声を上げた
「サナっ、ちょっとこっちきて」
「なに?って……ん」
言葉通り彼に近づき、次の言葉を紡ぐ前に唇を奪われた。咄嗟の事に体が跳ねて、ギュと目を瞑った。触れたのはこれで二度目だ。ただ、以前触れた時とは違い、触れた唇から独特な苦さを感じる。しかも目を瞑ってしまったせいか、感覚が余計に鮮明に感じてしまい、珈琲の味だけではなくて彼の唇の温度や感触まで全て伝わってくる。触れていた時間が一瞬だったのか数分だったのかは分からない。ただ頭が回らなくて口内には珈琲の味だけが残っていた。
「……苦い」
べェと舌を出し、口の中に広がる苦さにに思わず顔をしかめる。おおよそ好きな相手と唇を重ねたあとの女性とは思えない顔をした私を見て「サナは甘かったけどな!」なんて笑い始めた彼をジト目で睨む。当たり前だ、私が飲んでいたのはカフェラテで彼が飲んでいたものよりも数倍甘いのだから。
バレないようにそっと息を吐くと、遅れながら頬に熱が集まる。嗚呼またやってしまった。一度目に触れたあの答えさえまだ私は見つけられていないのに。
「ん?顔赤いな?大丈夫か〜」と恐らく天然で言ってのける目の前の鈍感な男に「バカ」と呟くとバッチリ聞こえていたのか「バカっていうなよ!」などと喚き始めた。そんな彼を放っておくことに決め、もう一度小さく息を吐く。
この触れ合いに意味なんて、あるのだろうか。流石に幾ら距離感が近い彼だって誰にでもしている訳では無いと思うけれど。それでも、彼の気持ちや思考が何一つ読めなかった。唯一、今の私に分かることはこの触れ合いの意味に名前を付けてしまったら、答えを見つけてしまったらきっと何かが変わってしまうことだけだ。
「私は、わかんないよ」
「そうか?俺は大好きだけど!頭が冴え渡る気がするんだよな〜作曲中はつい飲んじゃう!」
珈琲の話の続きかと思ったのか、呑気に笑いながら彼は答えた。再び手元のマグカップを手繰り寄せる姿を見ると彼がこれを本当に好んで飲んでいるのが伝わってくる。

いつか彼が好む真っ黒なこの珈琲が美味しいと感じるようにこの恋に答えが見つかるのだろうか。私はモヤモヤと広がる思考をかき消すように自らのカフェラテに口を付けた。

❤titleはお題サイトよりお借りしているものです。