手を繋ぎたい

 今は何時だろうか。そもそも彼は携帯を無くしてはいないだろうか。それなら、いつまで経っても来ないよなぁ。と寒さで朧気になる頭でふと思った。

 昼間は冬でも幾分かは集まるこの公園も、日が沈んだ頃あたりから静まり返っている。段々と人気が無くなっていくにつれ、気持ちも沈んでいったが今日は絶対に諦めないと決めていた。

今日こそは絶対にレオくんと話す…!と。

きっかけは些細な事だった、それでもそれが重なり、喧嘩別れのようになってしまったのが二日前。散々悩んだ末、「いつものとこでまってる」「話がしたい」と送ったのが二時間前のことだ。

冬の空気はあっという間に体の熱を奪いさる。悴んだ手を摩り、温めるように はぁ、と短く息を吐くと一瞬でそれは白に染まり浮かんで消えた。チラリと、ここから少し離れた所に立っている大きな時計を見上げ、ここにまだいない彼を想った

……☔

そろそろ手足の感覚がなくなってきたような気がする、体がなんだかふわふわと宙を浮くような。もしかしてレオくんの倒れる前ってこんな感覚だろうか、と笑えない冗談が頭に浮かんだ。…やはり迷惑だっただろうか。

「サナ……っ!」 

その瞬間。聞き慣れた声が聞こえ弾かれたように体が振り返る。こちらに向かって駆け寄ってくるのは待ち望んでいた黄昏色。レオくん、と彼の名前を呼びたかったのに、駆け寄ってきた彼に随分と強い力で抱き竦められてしまい、言葉に出来なかった。

「れ、レオくん……あの、私話が…」 

慌てて抜け出そうと、彼の胸元を渾身の力で押し返すが、ビクともせず余計に抱きしめる力が強くなっただけだ。同年代の男性に比べると幾分か華奢な印象を受けるが、やはり男だ。力で勝てるはずもなく押し返す事をやめ大人しく腕の中に収まる。密着した事で彼の心臓の音が聞こえる。いつもよりそれは何処と無く早く感じたし、普段は私の方が体温が高いのに今日はレオくんの方があったかい。もう一度口を開こうとした瞬間

「バカ!!」
「え?」
「サナのばーかばーかまぬけ!あほっ脳足りんっ」

彼は勢いよく顔を上げるとそう一呼吸で言い放った。彼は腕の力を緩め、怒ったような顔でこちらを見つめる。対していまいち状況を理解出来ていない私は素っ頓狂な声を出してしまった。

「……本当に心配したんだからなっ。」

尚も固まり続けていたが、彼の声が若干震えている事に気付いた。もしかして、走って来てくれたのだろうか、そう気づいた瞬間胸がギュウっと締め付けられるような感じがした。恐らく携帯の連絡に気づいて、直ぐにきてくれたのであろう。

レオくんだって、いつもそうやって突然連絡とれなくなるくせにとかどうしても会いたかったし、とか頭の中では色々と言い返したいことはあったのに、実際はそんな顔みたら何も言えなくなってしまうだけだった。

「…ごめんなさい」
しばしの沈黙の後漸く零れ落ちた言葉は、今日の事だけではなく、あの日に投げかけた言葉も全てを含めてだ。

「ほんとは、私…」

次の言葉を紡ぐのは勇気がいた。汚い所を彼に見せるのは心苦しかった。でもこちらをまっすぐと見据える彼の目線を見返す

「自信がなかったんだよ。ずっとなんで自分なんだろうって思ってた…レオくんがアイドルのお仕事してるの私だ、大好きだよ、応援したいの、好き…だよ!でもレオくんが他の女の子と一緒にいるとモヤモヤして…だから…」

言いたいことが上手くまとまらない。言葉にした瞬間言えなかったことが少しずつ溢れていってもはや支離滅裂だ。他人からみたらこんなのただの痴話喧嘩だろう。だってごちゃごちゃに絡んでいる糸を解いてみたらそこにあるのはただのヤキモチと自信のなさだったのだから。

やはり呆れさせてしまったのだろうか、重かっただろうか。しかし響いたのは予想していたようなため息でも呆れた声ではなくいつもの明るい調子の彼の声だった。

「……よしっ。サナッ、手ぇ出してっ」
「…?」
彼の前に右手を差し出すとそのまま自身の左手を重ねるようにして手を繋がれる。

「サナ。おれはやっぱりアイドルが好きだし、音楽も愛してるっ!だからサナだけのものにはなれないけどそれってサナも同じだろ?でもさ…うーっやっぱり言葉は不自由だっサナ!好きだ、大好きだっ愛してるよっ。……だから傍にいてくれ。お前がいてくれたら、もっと世界がキラキラしてて面白くなるっ。お前と手を繋ぎたいし、抱きしめたいっ。全部ほしい、それはサナだけだ。」

その言葉を聞いた瞬間触れたところから全て気持ちごと伝わった気がした。なんだか後半は凄く恥ずかしい事を聞いている気がするしブワッと頬に熱が集まるが、それ以上に彼の体温に、声に強ばっていた心が全部絆されていくような。

「…レオくん、寒いの嫌じゃないの…?」
繋がれた手が温かい。逸る心臓とは裏腹に口から出てしまうのはいつも通りの可愛くない言葉だ。
「うー…まぁ確かに寒いのは苦手だけどっ。これはこれで刺激を生むからな〜それより今サナと手繋ぎたかったんだっ」

彼の言葉に思わず、顔が緩んでしまうのを隠せなかった。ただそれを見られるのはやはり照れくさくて、ぷいとそっぽを向いたまま繋がれた手はキュッと強く握り返した。横でクスリと彼が笑う気配がした。完全に素直になるのはまだ程遠い気がする。

君の未来に少しでも長くそばにいれますように。この先もきっとこうして衝突する事も喧嘩もあるだろうけど、それでもその度顔を見合わせて「ごめんなさい」と「ありがとう」を繰り返させてほしい。そうして明日も君といれたら最高に幸せだ。

二人の笑い声が重なって、夜の空に溶けていった。