ぴぴ


余波


あの任務が終わってもう3日が過ぎた。
硝子とは今まで通り、休み時間にどうでもいい話をして笑い合うし、傑とも任務帰りにコンビニへ寄るぐらいの仲にはなった。彼は本当に不思議な人間で、どんな相手とも自然と距離を詰められる。こちらが意識する間もなく当たり前のように隣にいる。
ただ1人、五条だけが違っていた。
あの日を境に彼は私に話しかけてこなくなった。完全に無視しているわけでも敵意を向けてくるわけでもない。ただ、授業中や廊下ですれ違うとき、どこか考えるような目でこちらを見てくる。視線が合うと、なぜか心が小さく波打つが自分いた。
五条のその変化がなんとなく気味悪くて私はなるべく目を合わせないようにしていた。

今日もいつも通り、硝子と一緒に昼食をとろうと食堂へ向かっていた。硝子のたまたま見つけた新メニューに関する話を聞き流しながら私は内心ほっとしていた。五条と顔を合わせずに済む、それだけで少しだけ呼吸が楽になる。

一方、その頃。教室の前で傑が扉を閉めようとしたとき、背後から声がかかった。

「傑、ちょっといいか」

傑は振り返り、少し驚いたように眉を上げる。声の主は五条悟だった。声のトーンがいつもと違う。軽口ではなく、どこか迷いを含んでいる。

「なんだい?」

「……傑さ、あいつの連絡先持ってんの?」

唐突な問いだった。傑は一瞬だけ目を瞬かせ、それから口の端を上げた。

「"あいつ"って心音のことかい?」

「他にいねーだろ」

何気ないやり取りのようでいて悟らしくない。あの俺様がわざわざこんなことを聞くなんて___。

「持ってるけど……どうして?」

「べつに。ちょっと聞きたいことがあるだけだし」

声は平静を装っていたが語尾の小さな揺れがすべてを物語っていた。悟は何かを誤魔化している。

「だったら本人に直接聞けばいいじゃないか」

「いや、絶対教えてくれねーじゃん」

それを聞いた瞬間、傑は肩を揺らして笑った。

「……なんだ、その自覚はあるのか」

「は?」

悟が眉をひそめる。

「まぁ、私からは教えないよ。自分で聞きな。」

「めんどくせぇ……」

悟は不満げに呟いたがそれ以上何も言わなかったが、机の端を落ち着きなく指で叩いているその癖が彼の内心を雄弁に語っていた。

***

午後、訓練場。
私は1人で木人を相手に稽古していた。最近は授業も課題も多く、呪力操作の微調整すらままならない。だからこそこういうひとりの時間は貴重だった。

「玉藻前___第二相、展開」

呪力が骨の奥を走り、体表に白桃色の尾が揺れる。呼吸を整えて踏み込む。木人の腹部に拳が沈み、木の軋む音が耳を打った。その音が心地よくて、もう一度拳を握り直そうとしたそのとき、背後で砂を踏む音がした。

「……なに?」

振り向けばそこには見慣れた白髪。五条が立っていた。数秒だけ、沈黙が落ちる。風が訓練場の砂をさらい、遠くで鳥の鳴き声が響いた。

「あの、、さ、」

「……連絡先、教えろよ」

不意に落とされたその一言はあまりに唐突だった。その声はいつものように強気ではなく、どこか不器用で、少しだけ静かだった。

「は?なんで?」

私は眉をひそめる。あれだけ私を馬鹿にし、好き放題に振る舞ってきた彼がいまさら何のつもりだ。

「いや、べつに深い意味はねーよ。ただ、任務の時とか、連絡取れた方が便利だろ」

嘘だ。声のトーンが違う。語尾が少しだけ迷っている。いつもなら自信満々で言い切るくせに、今の彼はまるで言い訳を探しているようだった。
___気付かないと思っているのだろうか。

「……いや、無理」

即答だった。迷う余地もない。私は腕を組み、彼の目を正面から見据える。

「は、」

五条が間の抜けた声を出す。

「だって絶対面倒臭いもん。どうせまた余計なこと言ってイラつかせてくるもん」

「は?べつに俺、普通に___」

「普通って五条にとっての普通でしょ。こっちは一緒にいるだけで疲れるんだから」

言葉が刃のように突き刺さるのが分かった。五条の口が止まり、唇がわずかに震える。あの五条悟が初めて言葉を詰まらせていた。

「それにさ」

「今までの自分の態度、思い返してみなよ。今までの感じで教えてもらえると思ってるなら随分おめでたいね」

沈黙が落ちる。訓練場を満たすのは遠くの蝉の声と風が砂を撫でる音だけ。

「……チッ」

五条が舌打ちをしてポケットに手を突っ込んだ。いつもなら鼻で笑って立ち去るところだが、その足取りはどこかぎこちない。肩が少しだけ落ちているのが見えた。

「じゃ、」

私は背を向けた。彼は何も言わない。ただ立ち尽くしたまま、遠くを見つめていた。

***

その日の夜。
自室の窓から見える空は、やけに蒼く深かった。寮の廊下からは笑い声が聞こえてくる。傑と硝子だろうか。2人はきっと今も何でもない話をしているに違いない。
ふと、昼間の五条の顔が脳裏に浮かんだ。彼が何かを言いかけて、結局飲み込んだときの、あの表情。
"最強"がたぶん初めて"拒絶"された瞬間だと思う。それが彼の中でどんな意味を持つのか、今の私には分からない。たしかなのは、この距離がもう一方通行ではないということ。

それは敵意ではなく嫌悪でもない。
ただ言葉にできない何かが二人の間にゆっくりと積み上がっていく。

___そして、それがこの先を大きく変えていくことを私たちはまだ知らなかった。

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