それから三日ほど、放課後は毎日、朝は疎らだったがバレー部に通い詰める。
本屋のスポーツコーナーの立ち読みで一時間潰したり、パソコンの前に齧り付いたり。
もちろん、我が校の男子バレー部の面々にも教えてもらったことは沢山ある。
そんなこんなで殆どの事を一人で出来るようになった頃、一学期最後の定期テストを終えた学校は夏休みを迎えようとしていた。
合服から夏服へ変わり、リボンもネクタイもこの頃は見かけることは稀だ。
移動教室の際に見かけた瀬見の、夏服を見た時には屋内熱中症にかかったのかと疑ってしまうほどにくらくらしてしまった。
これがまた衣替えになったら同じことになるんだろうなあ、なんて惚けながら歩いていると人とぶつかる。天童だった。やけにテンションが高い挨拶に困惑を隠さず返すが、機嫌がいいのかツッコミが入る。
本能的に危険だと察知してしまうほどのそれに、思わずどうしたのか聞いた。
がしかし、いっそう口角を上げたのを見つけては後悔してしまう。それも、間違ってはないようだった。
「だってだって!夏服!ダヨ!?好きとか関係なく、目に優しいよネ〜!」
「ああうん、そうだね。暑いからね。」
「で、もぉ〜?やっぱり好きな人のは格別なんだよネ〜!」
その言葉に、はっと顔を上げた。「天童って好きな人いんの?」思わず弾け出た問いに、彼は全くきょとんとしている。
「え?いないよ?」
「え?じゃあ今のって?」
そんな目を点にしていた彼が突然笑い出す。なんだこの人、訳が分からないと何も言えずに震える肩を見つめることしができない。
「やだなぁ、名前ちゃんの話に決まってんじゃ〜ん!英太くん、昨日から半袖だったよね!見た?見た!?」
「はっ!?」
そして最近知ったことが頭に過ぎる。この天童覚は、他校生から「ゲス・ブロッカー」と呼ばれているらしい。最初はそれだけを聞いてはなるほどと納得してしまったのだが、そこにおいての「ゲス」は英語、つまり「下衆」でなく「guess」。
その意味を今一度、痛感する。
先週の白布くんの一件できっとバレてしまっているのだろうとはなんとなく覚悟していたのだが、こうも言われると流石に焦りを隠しきれない。
そんな様子にますます喜んだ彼の脛を思いっ切り蹴飛ばしてやりたい。
「名前ちゃんも衣替えしてるんだネ!
似合ってる似合ってる!」
「制服に似合ってるも何もないでしょ…」
「あっそういえば昨日お昼にみんなで食べてたら名前ちゃん見かけたんだけどネ、」
「あぁ、うん。購買にね。」
「そのときに名前ちゃん見た英太くんが〜」
「は、」
「…っと〜!次体育なんだよね!じゃーねっ!バイビ〜ン!」
突然出てきた名前に思わず反応しつつも天童の言葉に意識を注いでいると、パッと手を上げた彼は颯爽と走り去ってしまった。呆然、の他は無いだろう。「続きはWebで〜!」なんていいながら手を振る天童に手に持っていた筆箱を投げたくなる。
思わず振りかぶるが、既に遠い背中に諦めて手を下ろし、彼とは反対方向へとぼとぼと歩き出した。次会ったら何かしらしてやろう、そう企む脳内の片隅でふと想像してしまう。
昼休みに、夏服の私を見た、彼が。
何か言ったのだろうか。何かしたのだろうか。考えれば考えるほど体温はうなぎのぼりし、想像ではなく、期待に満ちた妄想へと入ってしまった。
好きだ、好きだと困ったことにもう枷なんてぶっ壊れていた脳内で叫び続ける。
机にのっぺり伏せ、ときどき堪えきれずにがばりと起き上がる。苦しくて仕方がないと同時に、楽しさが胸を踊らせた。
「危ない危ない、危なかったー!」
「うるせーな天童。なんだよ。」
体操服を持って瀬見のいる教室に駆け込んだ天童はわざとらしく胸に手を置いて瀬見の前の席にどっかり座る。
「いやぁ〜!あと少しで、昨日昼休みに英太くんが夏服の名前ちゃんみて、かわいい、って呟いたことうっかり言っちゃうとこだった!あ!もちろん名前ちゃんに、ネ!」
「っはァ!?…っ天童てめ、ふざけんな!なんで知って…!じゃなくて、どこまで口滑らした!」
「いや〜ん英太くんエッチー!聞こえたんだもーん!昨日のお昼休みに名前ちゃんみた英太くんが、まで言ったよ!スゴイ!スゴイ気になる終わり方じゃない!?俺天才かも!?」
全く以て無邪気に嬉しそうに笑う天童には思わず脱力し、席にすわって頭を抱える。大きな溜息が出た。
確かにその時、ふと人混みのなかに苗字の姿を見つけた。
久しぶりに見る彼女の夏服姿に、真っ白な袖口から惜しみなく曝け出される白い二の腕や、無意識に目を向けては捕らわれてしまったすらっとした脚やら。
暑さにでもやられていたのだろうか、思っていたことをそのまま、思わず零してしまった。
しまった、とは思ったがきっと昼休みの喧騒に塗れて誰にも聞こえてないのだろうとタカをくくっていたが、どうやら天童がすぐ近くだったのが運の尽きらしい。
折角おちついている今、この事を彼女に知られればそれは今の状態を壊しかねない。
自分から別れといて随分と我が儘すぎる。
天童は続きを「俺が言ったら意味な〜い」とかで言う気はないらしいが、こっちからしてみればいつ誰によって答えを知らされることになるか気が気でなくいい迷惑だ。
「あれ?英太くん体操服は?」
「…体育は明日だろ。」
わざとらしく驚いては呑気に教室を出ていった辺り、本気で間違えたのでは無いだろう。
問題はそこではなく、ぼかされていてももう半分以上は彼女に伝わっているというのが事実重大な事態で。
大きな溜息を耐えず漏らすと、クラスメイトは半笑いで労りの言葉をかけた。
それに生返事をしながら、また、無意識に彼女の姿を引き出してみる。
思い返して鮮明な白い肌に、身体は余計熱を上げた。