さて、もうこの気持ちが恋愛だというのは認めてしまおう。もうその方が、面倒くさくないだろう。
しかしだからといって、現状に満足しているかと言われればそうではないのもまた明らかで、好きだという気持ちが強くなる今、付き合いたいというのが正直な欲だ。
ただ彼の方は相変わらず、ただ懐いているだけというか、三年生に叱られない為の盾にされている気がしなくも、ないのだ。
「…だからって俺に言われても…」
「…研磨はギャルゲとかしないの。」
「…したこともないけど、今後する予定も今のとこないかな。」
次の日の昼休み、窓際のぽかぽかした席で福永と共に昼食を食べたのだろうか、福永は何やら本を読んでいるが、ブックカバーがついていて分からない。
その隣で研磨は相も変わらずゲームをしていた。机には仕舞われず日に当たる弁当箱。ため息が出た。
そこに連絡を回しに訪れたついでに相談すると、そんな冷たい返事が返ってきたのだ。
「…告白すればいいじゃん。」
「すんなりできたら苦労してません。」
「…もー俺知らない。クロにでも聞けば。」
「おもちゃにされてこいって?
…黒尾先輩にはバレてるだろうけど、相談するなら夜久さんか海さんかなぁ。」
「…その方がいいと思う。」
研磨はやっぱり手も離さないし視線もちらりとも寄越してやくれないが、どうやら野良猫の写真集を見ていたらしい福永は親指を立てていた。苦笑いをしながらも同じように返し、アテがないように仕方なく教室から出ることにする。
友達に好きな人ができたかもしれない、と相談すると、先ず相手をしつこく問い質された。なんとなくしょうもないプライドがまた覗いて、言葉を濁した。
曰く、ゴリゴリに攻めていけと。
漸くヒントらしいヒントを得たものの、彼は言わば率直すぎる部類だ。
ふと私のアピールに気付いた瞬間、そこが人だらけの校舎だろうが部活中の体育館であろうが普通に聞いてきそうだ。
恐ろしいにも程がある。
小心者でなくとも、相手が後輩であっても、恋愛となれば誰だって気持ちを知られるのは怖いだろう。
どんなに普段は強気で接せていても、こればかりは足がすくんでしまう。
せめて両想いであればいいのに、と願いかけて、そんなことあるはずがないと肩を落とす。小さなことに一喜一憂して、脈を感じたり感じなかったりと、振り回されるのだろう。
昼休みも半分を切った頃に、そろりと夜久の元を訪ねてみる。しかしそこにはもちろん我らが主将の姿もあり、彼らが同じクラスであることを少し恨みがましく思う。が、勘弁しよう。
前後に腰掛ける彼らの隣の席を借り、少しだけ離れる。
「あ、部活の連絡は終わりました…1年は芝山くんに伝えてもらう形なので大丈夫と…信じてます…。」
「おーおつかれ。」
先ずは、と口実を出したはいいが、夜久さんを意識するあまりに主将に伝える形にはならなかったが、夜久は気にもせずにニッと笑う。それを見ては心がすっと軽くなり、さあどう切り出そうか、と視線を流すと、やけに楽しそうな笑顔の彼と目が合ってしまった。
「で?名前マネージャーがこんなとこにまで足を運んできた理由は何かな?」
「…なんで黒尾さんは席を外してないのかな、って思って…」
「なんかみんな俺に当たりキツくない?酷くない?」
「お前がニヤニヤしてるからだろ。
名前は?どうかしたか?二人が都合良いならコイツ消すか場所移動するか?」
「…いえ、どうせ黒尾先輩も知っていることだと思うので。お気遣いありがとうございます。
ちょっと、夜久さんに折り入ってご相談がありまして…」
なんだそんな改まって、なんて微笑みながらも膝を突き合わす形に座り直し、紳士だ、と思わず感動する。
実は、好きな人が出来まして、と教室のさざめきに埋もれてしまいそうな声。
恥ずかしさに紅潮を自覚せざるを得ないが、叫ばれることも仕方ないとの予想に反し、彼らは存外静かだった。
あれ、と顔を上げてみると、きょとんとした顔で紙パックのジュースを飲んでいた。
「リエーフか?」
ずず、と最後の一口を飲み干したのか、パックをべこべこと畳みながら何の気なしに彼は言い当てる。
まさか相手までバレてしまっているとは誰が思うだろう。驚いて言葉を詰まらせたのを肯定と捉えたのか、意地悪そうに笑う。
「図星な。で、折り入っての相談は?」
「あ…いや…具体的にはないんですけど…どうすればいいんだろうって。
彼はたぶんそんな目では見てないだろうし、攻めすぎるとバレてしまうんじゃないかって…その、怖くなって。」
「で、告白できたらいいもののできなくて悩んでる、とか?」
「ほわ…エスパー…」
にし、と笑ったその表情に、本当にこの人に相談して正解だと痛感する。人間の鑑だ、とも言える夜久さんにはキューピットになっていただこう。
「あいつは確かに歯に衣なんて着せれるわけねーからな。
たぶん、普通に押しては引いて引いたら構って攻撃はされるんだろうけどな。時間かけて迫るより、突き落とせ。」
「かっ…こいいですね…!スペシャリストですね。」
「ね、やっくん男前すぎて黒尾さん霞んじゃう。」
「黙ってろ。」
少し押して、引いてみる。突き落とす。なかなかに過激な気がしなくもないが、やってやろうじゃないか。
きっと先輩たちは、頼めば手を貸してくれるだろう。しかしそれじゃあいけないんだと、本能が言っている。
迫る時間に足早になりながら、教室に戻る道でずっと繰り返し繰り返し反芻する。
想像しては、甘いときめきがしがらみとして苦しめてくるのだが。
「素晴らしいアドバイスでしたね夜久さーん。」
「腹立つ。」
「いって!…で?その心は?」
「見事な両片想いだなって思いましたね。」
「だな。すれ違ったまま全力疾走で距離開いていかなきゃいいけどな。」