青い空に雲は一つもない。人はこんな日をなんとか日和だとか名付けたりするのだが。
もちろん室内スポーツのバレーにはそんなこと全く関係ない上、なんなら高くなる気温にかんかん照りの太陽へ文句を言いたい。
覚悟はしていたし、準備もしていた。
しかしそれを凌駕してしまうほどに多忙を極めていた。スコアをつける時が一番楽だと思える程に、寧ろマネージャーという競技を私は今しているのではと暑さと疲れに回らない頭で余所見をする。
幸い今まで引きこもりだった訳でもなく、炎天下のスポーツからの引退から日を空けずに身体を動かしていた為か簡単にへばる事はなかった。
残念ながら馬術というのは馬に跨るだけの優雅な競技ではない。そんじょそこらの可愛い女の子より少し自信がある体力を総動員させ、体育館と施設の間を何度も往復する。
「苗字、ビブスの洗濯を頼む。ついでに少し休憩しとけ。俺らの休憩時間もモップがけにドリンクにタオルにって、休んで無かっただろ。」
「…じゃあ、多分そろそろタオルの洗濯が終わるから畳みながら一息つくね。」
「…ほどほどに、な。」
途中に挟まれる自主練習の時間帯に、大平に籠に詰められたビブスを渡されながらそう声をかけられた。気の利く同級生もきっと今この場を私が去った後にコートへ戻るだろう。
さっさとやるべき事を終わらせようと、足早に洗濯機が多く並ぶ部屋へ入る。まるでコインランドリーの様に、テーブルもあれば椅子もあり、雑誌コーナーまでご丁寧についているその部屋。
ビブスを突っ込んだ機械の起動ボタンを押すと、すぐ別のそれの、絡みに絡んだタオル達を引っ張り出す。幸いここの洗濯機には乾燥機の機能もついてあり、終了を知らせる機械音に気付かなくとも乾いている。
画期的だと少し上機嫌になりながら、椅子に座ってタオルを畳み出す。
かなりの量のその仕事を終え、積み上げられたそれを片付けていると、どこからか騒がしい足音が近付いてきた。
「苗字!!!」
「山形?え?何?そんな慌てて、」
「瀬見と1年が事故った!体育館来れるか!?ってか来い!」
は、と思わず声が漏れたが、事を理解するより先に身体は飛び出した。心臓が嫌な音を立てるが、それをかき消す程に足はがむしゃらに地面を蹴る。
体育館に飛び込むと、そこに人混みはできていた。頭を抑え込む一年生はコーチの肩を借りている。そっちの意識ははっきりしているのか、会話している様子が伺えた。
それに安堵しつつも、体育館の床に力なく倒れ込む彼の姿を確認すると、頭を鈍器で殴られたような感覚に見舞われた。
「苗字、多分脳震盪だ。監督には連絡して担架で運ぶから付き添ってやってくれ。」
「うん。氷とかの準備してくるから、寝かせといて。」
「ああ。一階の入り口入って左に行った廊下の奥から二番目の部屋が空いてるはずだからそこにするぞ。」
「うん。起きてるなら意識確認お願いね。」
少し後ろ髪を引かれる思いをしながらも体育館を後にした。今までも落馬等で立ち会った経験を活かし、手早くを心がけて準備をする。
不安で胸が張り裂けそうだ。
慣れのお陰か冷静に取り繕うことはできたが、内心、泣きたくて仕方がない。
降りかかる焦燥と手を震わす狼狽に唇を噛み締めて耐える。
早る鼓動を抑え、大平の言っていた部屋の扉を開いた。
持っていた洗面器を持つ手に力が入るが、床に敷かれた布団の脇に座る。
そのタイミングで部員達は部屋を後にする。意識ははっきりとしている様で、うっすらと目を開けた彼の涙の膜を張った目はわずかな光をきらりと反射した。
「…名前。」
「なに?」
弱った声が縋るように名前を呼んだ。別れた以降一回も呼ばれた事がなく、突然のそれに確かに心が大きく揺らいだが、首あたりに冷えたタオルを当てながらそっけなく平然を装う。
「…マジ、合宿初日から何やってんだ…」
「…聞いたけど、一年生のほうが突っ込んで来たんでしょ。少なくとも瀬見が気を負うことなんて、」
「…ちげえよ、そうじゃねーんだよ…」
手の甲を目に当てている。表情は伺えなったが、彼の頬が動いた。きっと奥歯を噛み締めているのだろう。
「こんなんだから白布に、こんなんだから…自分から切り出しといて、バレーもできないで名前傷つけて…」
「白布くんとは、プレースタイルの違いなんでしょ。なに今更、そんなこと、今言われても、私はどうすればいいの?
…弱音吐くなら、少しでも早く復帰できるように休んで。」
「…名前…」
脳震盪は身体的な症状の他に、不安症状もあるケースがあると教えられた。まさに今彼はその渦中だろう。
また掠れた声で、力なくそばにあった私の手に触れた。
病人だから。弱ってるから。
振り払えない理由はそれだけではなかったが、とりあえず今だけは許して、と包むように握り返す。
眉間の皺が一瞬、緩んだ。
「あったけえ…安心、する。」
「それなら良かった。…どこか不調ある?手足痺れたりとかはしない?」
「…少し怠い。」
「…軽度で、良かった。とりあえず今は、寝て。もう喋んなくていいから。」
片手は未だに離されず、仕方なく洗面器の側面をうまく使って水を搾った。
相変わらず悲しそうに揺れる瀬見の目とかち合った。
ぐっと涙が出てきそうなのを堪える。
口から漏らした息は震えてしまった。
「…どこにも行かないし、手もこのままでいとくから。…寝て。」
「…名前、名前。」
彼は弱ると、甘えたになる。彼に限った事でもない気がするが、小さな我が儘にも応えないと壊れそうで怖くなる。
いつだったかも、名前を呼ばれるまで眠ろうとはしなかった。
「おやすみ、…英太。」
緊張を抑え、彼の名前を久しぶりに呟いた。やっぱり安心したように、瞼を下ろす。暫くすると整った寝息が聞こえ、一段落ついたとほっとため息をつく。
傾き始めた日が、せっかく落ち着いた心臓に別の感情を膨らますことに拍車をかけた。
手を繋いでいても、疲れの滲み出る幼い寝顔に触れる勇気はまだ無かった。