苛立ちは尚
「アレッ英太く〜んおかえり!」
「…ああ。」
「なんかご機嫌斜め?鍛治くんに何か言われた?」
「…いや、練習には明日から出る。」
「よかったじゃ〜ん!」
座っていた天童はゆらゆらと揺れた。確かに、練習に復帰出来ることはめでたいし、その話を終えて監督の部屋を出た時は晴れやかな気分だった。
しかしこうにも、苛立ちとそれに勝るほどの混乱に、いつも通りでいられるはずがなかった。
部屋に戻るまでの道中、暗くなった廊下を照らす自販機の光が見えた時、会話が聞こえた。
流石に分かってしまった。
白布と、名前だった。
他に声は聞こえなかったから、きっと二人だったのだろう。
だって、あんな会話、ふたりきりでなければしないだろう。
まず誰かに、彼女とどういう関係かと聞かれれば、元カノと言うしかないだろう。今は自分が勝手に引きずっているだけで、彼女のこれからの恋愛事情に関係ないと言われればそれで終わり、そんな立場だ。
だから、名前が白布を好きだろうと、それをどうこうすることは、絶対にできない。
「え?なんで?」
「…元彼が、今更言うなって話だろ。」
「…ぶふっ…!」
「オイコラなに笑ってんだよ…」
「英太くん馬鹿だね〜!」
腹を抱え、心底愉快そうに笑い転げる天童。ひとしきり笑った後は、涙目になりながら突如の罵倒を浴びる。
悪巧みの顔で、だってさ、とにやにやしている。
「元彼だから、元カノである好きな子に好きな人ができても応援するしかないって、馬鹿じゃん?
べつにい〜じゃん!コイツは俺のものだ!って賢二郎から略奪しちゃえば〜!」
真剣なのか冗談なのかは分からないが、適当にはいはいと流しておく。そして彼に背を向け、布団に潜り込んだ。
適当に流したはいいものの、天童の言ったことが頭の中で何度も繰り返される。
いっつもそうやって少し馬鹿にするようにからかうくせ、核心だけはついてるから憎たらしいこと。
略奪愛もなにも、それを言えるだけの何も揃ってないのに。
ただ、正セッターというポジションまで奪われて、その上好きな人まで奪われる。
そんなこと、黙って耐えられるものか。
「瀬見さんとの事を塗りつぶしてあげましょうか」なんて、そんなこと、許してたまるものか。
落ち着きを取り戻した心臓の音が聞こえる。
次の日の練習、監督に言われた通り「様子を見ながら」いつも通りに戻った。同じように、彼女も、いつも通りマネージャー業に勤しんでいる。
彼女はあくまで臨時だが、随分とらしくなってしまった。
「休憩あと五分だからなー」
獅音の声が暑い空気の中に響く。部員達は返事をしながらも、その気温の高さには多少参っているようだ。
俺はそんな彼らよりワンテンポ遅く、つまり今、休憩に入る。
そこへ来たのがやっぱり彼女で。
当たり前と言われてしまえばそうなのだが、心臓は情けなくも高鳴る。
「ドリンク。」
「センキュ。」
「…体調は?」
「余裕。」
よかった、と安堵をため息に混ぜたように漏らす。
全く自然にならなかった笑顔を向けながらも、彼女の視線が一瞬、自分の背後に向けられたことに気づく。
つられて振り向くと、やはりというか、認めたくはないが白布がいた。テーピングを巻き直している。
それは一瞬のことだったから、彼女がどんな視線を向けているかまでを意識することはできなかった。「白布のことが好きなのか」「昨日のことをきいたけどあれはどういうことだ」そんな言葉たちを出す勇気は隠れてしまう。自分に対しての苛立ちが大きく膨らみ、虚しくも休憩は終了を告げた。
「…クソ、」
しょうもない独り言は熱気に溶ける。ボールを打つ心が荒む。そのせいで監督の怒声が投げられる、サーブは入らない、トスを乱してしまう。色々なものに囲われ、それにさらに乗っかる自己嫌悪に苛まれ殺されそうだ。
「…瀬見さん、荒れてんな。」
「……そう、だな。」
「工も狼狽える位…原因はなんだろうな。」
「…さあな。」
巻き直したばかりのテーピング、拳を結んでは開き、再確認する。ぼやくように太一が言った。瀬見さんのバレーはそれ以外の私情で派手に荒らされてしまっている。
隣の彼は、興味ないです、なんて顔をしているのに彼らの事をしっている。
少しカマを掛けたつもりだった。引っ掻き回すつもりなんて無かった。ただ、彼の荒れている原因が、もし、昨日の事を聞かれていたから、ならば、やらかしてしまったというモヤつきが鬱陶しくなる。
瀬見さんの様子は名前さんも勿論見ていた。
彼女は昨日のことが聞かれてたという、まさか、な事態を考えてもいないだろう。
だからか、少し怖がるように距離を取っている。
何をしているんだ、本当に。また苛立ちが感情を刺した。