あゆむみちをてらして

見かねた監督にも咎められ、時間の経過と共に少しは落ち着き、今度は周りをシャットアウトするほどに集中する。
ただでさえ遅れをとっているんだ、と深く息を吐いた。

もう終わりに近い合宿の一日、練習も終了する。その頃にはもういつも通り談笑できていたが、時たま同じように話している彼女らを見ると気持ちは沈んだ。

今までの決意を自分で踏みにじったような気分、自己嫌悪はますますとめどない。
腹を空かせての待ちに待った夕食時、三年だけのかたちになっていた時に、つい、ため息をこぼす。
天童がそれを見逃すとは思っていなかったが、好奇半分でも気にかけられたことに心はふわふわした。

「え?白布と苗字は付き合ってんのか?」

「いや、付き合うって明確に聞いてはねーけどさ…なんかほら、わかんじゃん。雰囲気とか。」

「んー、でも会話聞いてたら普通なカンジじゃん?業務連絡ばっかだったけど?」

また馬鹿にされるかとも思っていたが、彼らは至極真面目に否定する。彼らからすれば、いつも通り、だと言う。期待が頭角を現す。その反面、舞い上がりたくはないと、ひとつ、我慢をした。


「…でもほら、白布はさ、周りに言わないタイプじゃねーの?だから見せかけ、とか…」

「何?英太くんは付き合っててほしいの?ほしくないの?」

「そ、そりゃ嫌に決まってんだろ…!
…けど、自信はあんまねえ…」

「瀬見はどうした?恋する乙女か?」

山形は悪戯に笑う。やっぱしからかってんじゃ、とふくれたくなるその反対側で沈んでいた船が浮かび上がるように、ごぽぽと音を立てて、気分がまた、良くなる。昨日の晩に話した天童も、やっぱり見守るかたちの大平も、食べ続けている若利も、なにも変わっていなかった。

練習に辿り着くまでも辿り着いてからも情けない姿を見せてしまった。なんなら直接迷惑もかけた。でも彼らのそんな日常に溶け込んだ時、もう、このままでいっか、なんて一瞬、逃げたくなってしまった。

パチ、と空気を切り替えるような鋭い音。牛島が箸を置いた音だった。この手の話には興味なんてないだろうな、とその凛とした顔をまじまじとみていれば、彼が視線をゆっくり上げた。そして、ぶつかった。

「瀬見。」

「ど、どうした若利…」

「苗字を恋い慕っているのか?」

隣で、山形の吹く音と天童の、そこから、なんて笑い混じりのツッコミが聞こえた。しかしそれが遠くなるほどに、ゆっくり、言葉の意味を噛み砕いて飲み込もうとしてみる。

もちろん、飲み込もうとして噎せた。

「はっ…!?…ちっ、ちが……!くは、ねぇけど…!なんでいきな…」

「ならばそれで良いだろう。」


もう、は、とも声が出なかった。
ただ、その言葉が、暗闇の中でぴかぴかと輝きながら道を標したように思えた。ただただ単純で、若利らしいといえば若利らしい理屈だ。

「…わかった。」

「お?英太くん覚醒?」

「…間違ってはねーけど頷きたくなくなる言い方…」

天童の笑い声を受けながら、トレイを持って辺りを見渡した。彼女の姿は見えない。白布の姿は向こうに確認できた。じゃあお先、と背を向けたと同時に、天童も何故か立ち上がった。特に気に止めずに二人で食器を返却した後。何気なく、天童が口を開いた。「じゃー、俺からもアドバイス!」いつもの天童の中に冗談ではない雰囲気を感じ取り、そのまま聞くことにした。

「何回か言った気がしなくもないけど、元カノだから〜とか、遠慮したらアウト。世論とか、経験だとか常識だとか、ぜーんぶ!無視しちゃえ!」

天童は言ってしまえば、飄々としてる性格だろう。よく悪態はつくわ、言っていることが嘘か本当なのか。ただ、コート内と同じ、時折、ずっしりとした重みのある言葉を投げてくるから畏怖してしまう。

それを言いたかっただけなのか、肩をぽんぽんと叩くとどこか別の方向へ向かった。
天童の挙げた事は、確かに俺が気にしていたものだ。さすがといか、しっかり読まれてしまっていた。
しかしそれを振り切った今、怖いものはない。

息を、深く、吸い込んで、彼女の部屋をノックした。
実はこの時、ノックするまではかなり躊躇した。しかし暫く経っても、全く何の反応も無くて。体感時間が長いからか、と少し落ち着いた心臓の音を聞いていた。

「…?瀬見?…こんなとこで何して、」

「っうぉあぁ!?」

「…何してんの。」

中から出てくると思っていた名前が、どこからともなく、いつの間にか、すぐ傍にいた。少し怪訝な目付きに、目を逸らして情けなくもどもったまま言い訳も出てこない。
よく見れば彼女の髪は少し濡れていて、首には可愛らしいタオルがかけられていた。

「…そのタオルって、一年の時も使ってたよな、」

ほんとうに、無意識だった。その先っぽを手に乗せていた。
一年の、六月。その日も今と変わりなく朝練に参加した後、朝練前には踏ん張っていた雨もいつの間にか土砂降りに変わっていて、その瞬間に遭遇してしまった生徒が濡れてしまっていた。

名前もその一人で、苦笑いしながら雨を拭っていたが、その時に使っていたタオルがこれと同じ柄だ。流石に下にキャミソールを着ていたのか、ベタに下着が、なんてラッキースケベは無かったが、カッターシャツが張り付いて肩が透けている様には思春期よろしく、ときめいてしまった。

そんな記憶ももうなつかしくなったな、と少し硬くなってしまったそれをまじまじと見ている。

「そうだけど…。……そ、それは置いといて、何か用があったんじゃないの?」

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