あ、と間抜けた声に彼女は少し呆れた様に笑った。
名前の後ろについて部屋へ入ると、緊張感が増した。耳のすぐそばに心臓があるんじゃないかと錯覚してしまうほどにどこどこ、太鼓のように高鳴っている。
布団の中心で三角座りをし、その脇で正座する俺をじっと見ている。
「あ、のさ。」
「うん。」
「…名前って、その…白布と、付き合って…」
「え?…は?」
もじもじとしてしまったが言い切る前に、彼女の少し威圧的な返しに遮られる。違うのか、と彼女の顔を見てみると、見事なまでに驚いていた。
「…昨日のさ、自販機のとこの話、偶然、聞いて…」
「…え?ちょっと待って?ついていけない…話って、私と?誰の?」
「…名前と白布のだろ…?」
ちょっと待って、と言わんばかりの困惑の表情と制止の手のひらに出かけてた声を喉奥に引っ込める。みるみるうちに顔が青くなって、こちらまで嫌な予感が存在を増してしまった。どうして、そんな「ヤバイ」って顔をしてるんだ。
私は今、高校生活の今までで一番の危機を迎えていた。突然の来訪者に驚き、部屋に招き入れたはいいものの最低限の整理整頓しかされていなかったそこには後悔しかないに決まっていた。
しかし彼が先ず言ったことがそれを軽く上回ってしまっている。
瀬見が指しているのは、つまり、昨晩の白布くんとの会話のことで。そしてその会話というのは、白布くんが「付き合ってみましょう」なんてタチの悪すぎる冗談に「瀬見が好きだ」と馬鹿みたいに号泣したそれの事で。
それを聞かれていた、となると。
「いやまって、あれはその、嘘、じゃないけど勢いというか、違うの、」
「嘘じゃ…ない?じゃあ名前は白布と、」
「白布くんには迷惑をかけました、ほんとに申し訳ないと思ってるけど…」
「は?待て、名前は白布と付き合って、」
「え!?なんでそうなるの?」
「だからあの会話が…」
「待って待って。瀬見はなんて聞こえたの?」
馬鹿に思える程の噛み合わなさに、口角がぴくりとぎこちなく上がる。すこしだけむっとさせた瀬見が、重い口を仕方なくといった顔で開く。「白布が、付き合いますかとか言ってただろ。」頷く。あれは鳩に豆鉄砲ものだろう。
「瀬見さんこことなんて忘れさせてやるー…だとか…かわいくねぇ…」
「うん。言われた。」
ここまでは互いに相違していない。勿論白布くんのその発言に、それは無理だと確信していることは伏せて。情けない号泣はその直後の事のはずなのだが、ここで、とある食い違いが判明した。
「名前が……白布のことが、とは言ってねえけど…好きだとか言って泣いて…」
ここだった。はっきりと覚えてはいないが、きっと困惑で頭がいっぱいだった私は目的語を落としてしまったのだろう。なるほど、確かに瀬見が勘違いするのも頷ける。傍から見ればただの告白だろう。
「…それは、少なくとも白布くんのことじゃないよ。」
瀬見は弾けたように顔を上げた。が、直後、苦そうに顔を顰める。なんなんだ、一体なにが気がかりで何が言いたいのか。期待に焦らし焼かれそうだ。
「で?瀬見はそれを聞くために女の子部屋に切り込み?」
「ばっ…!そんなんじゃねーよ!…いや、ちがくねーけど…!!」
少し挑発気味に言ってみると、あの頃と何も変わらない、少し怒った、笑顔だ。もう戻らない過去に無意識に手を伸ばし、そんな事実にとてつもなく悲しくなる。期待させないでほしい。ふたりきりになる時間を、狙わないでほしい。
しん、と黙ったあとの空気が二人をきりきりと責める。苦しいなあ、一体今の状況はどんなもんだと悲しくもなりながら整理する。ただ、目の前の彼は、力強く握った拳をなんとか膝の上で落ち着かせていて、自分なんかよりずっと平常心でいられていない。
今日はもう寝たい、と気付けば口に出していた。
本心ではない。つい、だ。けれど彼はそれに全くも応えようとせずに、なんなら、待て、と制止までされた。
「わかった。すっげー、ぐっだくだになるけどさ。」
「…うん。」