02



「わかった、わかったから…」

そんな様々な視線に耐えきれず、情けなくも俯いて髪をカーテン代わりに赤くなっているだろう顔を隠す。
こんな表情、誰にも見られてたまるもんか。名前はひっそり手で扇ぐ。

反対にとても嬉しそうに笑う彼の背後で、三年はひそかに言葉を交わす。「これはもしかしなくとも、もしかして。」本人達以外はある人は無関心、ある人は微笑んだり少し妬ましく思ったりと様々な感情がその空気に混ざったが、二人の無自覚の甘いそれには敵いもしなかった。

彼は嬉しそうにコートへ戻っていった。その背を少しほっとしながら見つめるも、その安堵を遥かに超えてしまう強い締め付けを意識せざるを得ない。

驚いているだけだ、慣れていないだけだと彼女は言い聞かせ、手の甲を抓ってまた集中へと意識を沈ませる。

インターハイの予選なんてもうすぐだ、懸命と焦燥を履き違えないように。チームの雰囲気と息の合い具合は、個人のステータスの変容は。

集中しなければいけなかった。集中しようと彼女は努力した。少しは集中できたと思う。
しかしそれは彼女が焦ってしまうほどに短く途切れてしまう。
どうしても意識は彼を追い続けてしまう。
ああ、そんなに早く飛び出したらトスが合わない。研磨くんが文句ありげだ。ごめんなさいと笑った彼が、眩しい。

逆光ではやりずらいからと引っ張られたカーテンの隙間、様々な線の交差する体育館の床を陽の光が一部、照らす。
彼はその隙間にするりと入り込んだ。とてもまぶしい。色素の薄い彼の髪が、光を吸い込んで一層きらきらと輝く。

呼吸も忘れて嚥下する。とてもくるしい。



練習は日が傾いてきたような、そんな気がしなくもない時間に終わりを告げる。
待っててくださいと彼が慌ただしく部室に駆け込んでから十数分は経っただろうか。しかし時計を見ると、まだ二分も経っていない。
ゆっくりでいいよとは言ったものの、彼が出てくるのを今か今かと待っている。部室に背を向けて立っていると、中から何やら騒がしい声が聞こえた。それはいつも通りのことなのだが、今日はその内容が気になって仕方がない。
それはなぜだろうと懸命に考えるばかりであった。

「すっ…!みません!!お待たせしました!!!」

何か気の紛らすことが出来るものはないか、と鞄を漁って手にした英単語の本。
高校生のバイブルであろう手持ちサイズのそれを開いてから意識はぐっと持っていかれ、気づけば彼が目の前にいた。「あ、うん。」思わず間抜けた声が出てしまったのだ。
西日に背を向けた彼が、あまりにも眩しかった。




はて、荷物持ちをするといったのはどの口だろうか。
高校から電車でしばらく行った繁華街に着くなり、あっちのケータリングカーのアイスが美味しそうだの、こぢんまりした店のたこ焼きを買おうだの、まるで駄々っ子だ。
それにしては大きすぎるが、彼女はその扱いに困難を極め、ため息を漏らす。
なんとか引っ張り、大型のスポーツショップでメモ帳と照らし合わせながらぽいぽいと籠に入れていく。
灰羽は少し退屈そうに後をついていくだけだ。

「ねえ、このサポーターのサンプルつけてみてよ。」

「あ、はーい。」

「うーん…リエーフでちょっとキツイくらいか…このサイズともういっこ下も買っとこうか。」

彼が少し屈み、肘につけたそれに自然と近づき、そう言って顔を上げた彼女は職人のような真面目な目付きに変わっていた。

それでも彼の心臓を驚かせるくらいで、生返事をしつつ視線を逸らす。
名前は気付いていないのか、さっさと別の陳列棚へ歩みを進めている。

「圧力計…は高いし、黒尾先輩とか海先輩とも話し合って監督に提出しよう。うん。これで全部かな。お会計行ってくる。」


まったく彼の存在を顧みることなく、彼はぽつりと置いていかれる。数秒待ってから、急いでレジに並ぶ彼女の隣に駆け寄る。
持ちます、と、カゴの持ち手で手を彼女のそれと並ばせる。至近距離であった。目と鼻の先で、彼女は顔を綻ばせる。
ありがとう、その言葉と共に籠の全ての重みが彼に託された。

その感覚と共に、彼にも何かが降り掛かった。心臓がずん、だとかぎゅん、だとか、やけに煩くて、空調の風が掠める彼の頬はあまりにも熱い。

そんなことも知らず、彼女は背を向けてレジに並んでいた。蛍光灯の光にさらされて光沢を放つ名前の髪に、無意識に指を通していた。
短く叫んだ彼女がそこを抑え、弾かれたように振り向いた。
驚きを隠せていない彼女の表情に、焦りを感じると同時、心に浮遊感。

「なっ…なに…?なんかついてた…?」

「あ、いや、そのぉ〜…あっほら!レジ空きましたよ!」

思わず触りたくなって、とは言えず、タイミングの良さに漬け込んで彼女を無理矢理進ませる。
会計を済ませる名前のその横で、荷物を受け取ろうと待っている。
領収書をください、と言う彼女の横顔をじっとみていた。

先ほどのあれはなんだったのだろう。思わず手を伸ばしてしまったのだが、その理由が分からない。否、分かるには分かる。綺麗だったから。
それはいいのだが、彼女が納得いかないのは火を見るより明らかだ。

そして、この痛みはなんだろう。呼吸さえ止められてしまいそうなこの痛みは彼女に関連すると必ず彼を苦しめた。ここ最近になってそれが大きくなってきたから余計に厄介なものだ。

このままではいけない。ここは我らがキャプテンに尋ねてみようと思う。
少年は痛みを無視して彼女に笑いかけた。


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