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 ユウとグリムがギャーギャー騒ぎながらシャワーを浴びている声がする。埃っぽくなった身体を、シャワー室の掃除も兼ねて洗ってもらっている。

 グリムはイトに一応の謝罪はしたが、その視線はユウに向けるものとはまるで違っていた。匂いがしなくなったことに気づいてホッとして、それでも畏怖の念を抱いた目でイトを見ていた。
 わざわざ指摘することでも、ましてやさらに怖がらせることもないだろうと、グリムとユウはなんだか良いコンビのように見えたし、世話係は彼に押し付けることにした。

「はい、こちら新品のお布団です」
「ありがとうございます、学園長先生」

 自室にあてがわれた部屋の掃除がある程度終わると、どこから現れたかクロウリーがやってきて新しい布団一式を持ってきた。
 杖を振るうとベッド台に全てが現れ、替えのシーツも何組か用意された。側には寝巻きらしき衣服もあり、これは手厚い、とイトはクロウリーを振り返る。

「あぁ、なんて優しいんでしょう私って。まさに至れり尽くせり、自分に感動して涙が出そうです!」

 およよ、とハンカチで涙を拭く素振りを見せるクロウリーを見てお礼を言う気が一瞬失せたが、なんとか言葉を振り絞り「ありがとうございます」と再び口にした。
 大分癖がある。ただまぁ、そういった相手に対応するのは慣れている。

 クロウリーはニコッと微笑み返し、くるりと踵を返す。
 帰るのかと思われたが、廊下へと繋がるドアの前で立ち止まりしみじみとドアノブ付近を観察し始めた。

「学園長先生?」
「ふむ、やはり錆びていますね。長い間使われてませんでしたから」

 つん、と杖でドアノブを突く。するとキラキラしたものが降り注ぎ、ぐにゃりぐにゃりと鍵穴が形を変えた。

「今この学園に、敷地内に女性はゴーストを除けば貴方だけですからね。念には念を、イトさん以外には開けられないようにしておきました」

 そう言って新しい鍵を渡される。魔法ってなんて便利なんだろう、と、イトはこの世界に来てから何度も思っていることをまた改めて感じた。
 そして、鍵を取り替えたところでこのオンボロなドアは蹴り破られてしまうんじゃないかな、とも感じたが、クロウリーの好意に水をさすような真似はしたくないため口を閉じた。

 イトは彼女の"種族"にしては珍しく、空気が読める。

「何から何まで、ありがとうございます」
「とっても優しい私が、当然のことをしたまでです。他にも何かあれば、遠慮なく言ってくださいね」

 私、優しいので。
 イトが声には出さず、けれど内心呟くと、目の前のクロウリーの声と重なった。既に彼の性格を把握し始めている。
 大分癖がある。だが嫌いじゃない。そんな認識を持ちながら、レディの部屋に長居は出来ないと帰るクロウリーを見送った。

 途端に静まり返る、先程あてがわれたばかりの自室。見渡してみる。

 部屋の広さは充分すぎるくらい、ベッドも大きめ。老朽化の感じられる壁や床であるが、灼熱の太陽光に照らされる心配がないなら何でもいい。
 取っ手が少し外れかかっているような両開きのクローゼットを開けると、制服の他にもシンプルなTシャツ、下着まで用意されていた。成程手厚い、とイトは頷く。

 クロウリーはさぞやイトが恐ろしいのだろう。手に取るように彼の、彼らからの警戒心が伝わってきて口元が緩んだ。
 手厚い待遇は、幼く見えるイトを手懐けるため。イトはまだ彼らに対して敵対心を抱いたり攻撃を仕掛けてはいないのに。賢い選択とも言える。
 ここが教育現場であるならば尚更、大人は子どもを護らなくてはならない。だからクロウリーは優しい。少なくとも、表面上は。

 そんな扱いには慣れているから、今更腹を立てたり傷付いたり、なんてことにはならない。甘んじて受け入れ、惰性で過ごす。
 流されるのは得意だった。

 穴だらけで寸足らずなカーテンの向こう、窓の外で星が煌めいている。雨雲はすっかり消え去り、満天の星空がそこにはあった。
 別の世界だ。イトは漠然と思う。
 鉄の塊にも何にも邪魔をされない空とは、こんなにも広かったのか。宇宙の方がよっぽど広々としているはずなのに、この世界の空はもっともっと自由だと感じる。

 窓を開けると心地良い夜風がイトの頬を撫でた。ユウとグリムがまだ騒いでいて、遠くから声が運ばれてくる。

 広い部屋、広い空。どうしてこんなにも息苦しいのだろう。

「空はどこまでも続くのに」

 ひとりごちて、窓を閉めた。開放的な気分にはならなかった。

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