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 ホワイトを基調とした壁紙にメルヘンなウォールステッカーが一面に、しかしうるさくはならない程度に貼られている。天井は華奢なツリーライトがポツポツと光っていて、その灯り自体は少し暗めだが、大きな窓から差し込む日の光のおかげか店内はちょうどいい明るさだ。

 店内には年齢層こそ幅広いものの女性客ばかりであった。ツナは肩身を狭くして目的の棚を探す。

 並盛商店街の中では比較的新しいこの雑貨屋は母の御用達であったが、足を踏み入れるのは初めてだった。

「何かお探しですか?」
「あっ、え、えっと……ハンカチを」
「ご案内いたしますね」

 店員までも女性ばかりでたまったものじゃない。母さんに着いてきてもらえらば良かったと人知れず後悔する。
 他の客や店員に見られているんじゃないかと錯覚して、ツナは俯きながら店員の後を追った。

 そう広くない店であるから、10秒も歩かずに目的の棚に辿り着いた。ごゆっくりどうぞ、と店員は下がり、ツナは色とりどりのハンカチを呆然と見つめる。
 思ったより、種類が多い。男性用に見えるシンプルなハンカチの棚の、倍以上に種類がある。レース調だのタオル生地だの、キャラクターものだの。
 ツナは必死に、エマのハンカチを思い出す。自身の鼻血で駄目にしてしまったハンカチは、多分、タオル生地ではなかったはずだ。

 柄にもないことを、なんて自分が一番よく分かっている。ただ、碌なお礼も言えていないのだ。だから、休み明けの明日、新しいハンカチと共に彼女の教室を訪ねようと思っている。

 白色のハンカチ。ツナの鼻血で赤く染まってしまった光景は鮮烈で、色だけは間違いなく覚えている。ただ詳細な模様や、勿論好みだって分からない。
 美的センスの欠片もないと自負しているから、やっぱり母さんも連れてくれば良かったと、棚の前でひとり打ちひしがれていた。

「あれ? ツナ君」

 鈴を転がしたような可憐な声に、ツナはバッと勢いよく振り返る。彼女の声をツナが聞き間違えるはずもなく、可愛らしい私服に身を包んだ笹川京子が、やはりそこに立っていた。

「京子ちゃん!」
「やっぱりツナ君だ。こんにちは、偶然だね」
「こっ、こんにちは。ね、すごい偶然……」

 ここが並盛町商店街であるのだからクラスメイトに遭遇することは然程の偶然でもないのだが、ここが女性向けの雑貨屋であるからして、ツナは妙に恥ずかしくなり苦笑した。
 京子ちゃんに会えるのは嬉しいけど、よりにもよってこんな場面を……と、肩を落とす。京子は慣れた様子で、手元のカゴにいくつかの商品を入れていた。

「ハンカチ、買いに来たの?」
「あ、うん。人にあげるものなんだけど、好みとか分からなくて」
「贈り物って、選ぶのは楽しいけど難しいよね」

 京子がそう言ってツナの隣に並び、ハンカチの棚を眺めた。「あげる人って、どんな人?」と横目に尋ねてくる。
 ひょっとすると、これってもしや、一緒に選んでくれるのだろうか。ムクムクと湧き上がる期待がバレないように、ツナは努めて冷静に声を出す。ちょっとだけ裏返ったかもしれない。

「あの、C組の沢田さんなんだ。沢田エマさん、知ってるかな」
「えぇっ、沢田さんなんだ。勿論知ってるけど、話したことないなぁ」

 京子が少しだけ瞳を丸くする。それに内心可愛い、と思いつつ、そうだよねと相槌を打った。誰に対しても分け隔てなく優しい京子だが、やはりあの沢田エマとは話したことがないらしい。
 そもそも、別のクラスというのもあるが、彼女が誰かと行動を共にしているのを見たことがない。色々な意味で有名なエマを思い出し、贈り物など迷惑だろうか、と気後れする。

「俺も仲が良い訳じゃないんだけど、この間鼻血が出た時にハンカチを駄目にしちゃって」

 色とりどりのハンカチを眺めながら、先日の出来事をポツポツと話す。京子は殴られたと聞いて心配そうな表情を見せたが、その後のエマとのやり取りを話すうちに、大きな瞳をキラキラと輝かせた。

「沢田さん、すっごく優しいんだね!」

 京子の言葉に、ツナは即座に頷いた。優しい。そう、エマは無表情で誰も寄せ付けないような雰囲気ではあるが、確かにツナに優しくしてくれた。体育祭の時も、今回のことも。
 保健委員の仕事と言われればそれまでだが、大したことのない傷の手当てに文句の一つもなければ、大して仲が良くない男子のためにハンカチを犠牲にしてくれた。優しい。その言葉がしっくりと収まる。

「そのハンカチの色は覚えてる?」
「うん、真っ白だった。だから余計に申し訳なかったんだよね……」
「ううん、きっと沢田さん、全然気にしてないと思うよ。あっ、白色ならこれなんてどうかな」

 ぽんぽんと京子の手で白いハンカチが選ばれていく。やっぱり、一緒に選んでくれるのだ。京子ちゃんもすっごく優しい、とツナは噛みしめる。

 京子が選んでくれたハンカチの中から一枚、白色で縁が小花柄のレースになっているシンプルなものを購入した。京子からの助言で、ラッピングサービスも行ってもらえた。

「本当にありがとう、京子ちゃん。オレ一人だったら絶対選べなかったから……」
「どういたしまして。沢田さん、喜んでくれるといいね」

 まだ買い物を続けるという京子と別れ、ツナは小洒落た紙袋を手に家へ帰る。胸が暖かい、ホクホクとしている。
 意図せず京子とショッピングができたことに、ツナはエマへ感謝した。

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