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 都心で初雪が観測されてしばらく。並盛にも雪がちらつき、積もるほどではなかったが、夜になると肌を刺すような寒さにツナははあっ白いと息を吐く。
 雪こそ降っていなくともこの寒さはどうにかならないものかと、毎年毎年同じ事を思う。マフラーを巻いてくれば良かったと、無防備な首をさすりながら街灯で薄暗い道を歩いた。

 お風呂上がりのアイスが切れていた。居候のちびっ子たちがキッチンで騒いでいて、ホカホカした頬を膨らませていた。
 ただアイスのストックが切れていただけなので、明日買ってくるね、と母親が宥めればそれで済む話だった。それなのにツナが今コンビニに向けて歩いているのは、家庭教師もアイスをご所望だったからだ。
「自分で買いに行けよ!」
「こら! こんな時間に子どもたちを歩かせられないでしょ!」
 まだお風呂も入っていないから湯冷めの心配もない、とは後付けの理由で、なんやかんやとツナはおつかいに駆り出されていた。母親の言い分は尤もだが、リボーンをどうこうできる人間など少なくともこの並盛にはいないのだった。

 20時も過ぎれば人通りもなく、ひとりぼっちで暗い道を歩む。寒さも相まって、なんだか心細い気持ちになる。
 上着のポケットに両手を突っ込みながらしばらく、先の方で暖かい眩しさのコンビニが見えた時、ツナはホッと安堵したのだった。

「らっしゃーせー」

 夜に来店することなど早々ないため、最寄りのコンビニでも見かけたことがない店員がこちらを一瞥もせずそう言った。昼間の人とは大違いだが、夜の勤務とはそういうものなのだろうと、働いたことのないツナにもぼんやりと分かる。
 店内は暖房が効いている。
 カゴを手に取ってアイスのコーナーに向かう頃には、外の寒さ、そして心細さはすっかり鳴りを潜めていた。

「らっしゃーせー」

 店内にはツナ以外の客は見かけなかったが、アイスを選び終えた頃に誰かが入店してきたらしい。やる気のない声がコンビニ内に響く。
 ツナは気にせずレジに向かったが、入り口に置いてあるカゴを手にした人物に見覚えがあったため、思わずその名を声にしてしまっていた。

「あれ、沢田さん」
「あら、沢田くん」

 声が重なる。ツナは目を少しだけ丸くしていたが、エマの表情に変わりは見られなかった。

「偶然ですね」
「ね、ほんと偶然……」
「アイスが好きなのですか?」
「え、あっ、違うよ、好きだけどこれは家族の分で……!」

 カゴの中いっぱいに詰められたアイスを見られて、少しだけ恥ずかしくなって必死に否定した。一人で5,6個も種類の違うアイスを食べるほど食い意地が張っているなどとは思われたくなかった。
 少しの間が空いて沈黙が流れる。声をかけてしまったが、親しい仲でもないのだ。
 じゃあ、と軽い会釈をして今度こそレジに向かえば、エマもひとつ頷いて別の棚に向かっていった。

「あっしたー」

 もはや何を言っているのか聞き取れないほど間延びした声を背に、ツナは自動ドアを潜る。途端に寒さが全身、特に防寒していない顔周りを襲うから身体中を震わせた。
 アイスが溶ける心配は勿論ないが、早く帰ろう。暗闇に一歩踏み出すのは、ほんの少しだけ勇気がいる。

 トボトボと歩を進めたのは、それでも10歩といかなかった。コンビニの駐車場は車が一台も停まっておらず広々としている。
 沢田さんは一人で来たのだろうか。不意に頭を過った疑問に、ツナの足は止まってしまっていた。保護者の運転でここまで来て、店内にはエマだけ、というのを勝手に想像していた。
 20時半を回っている時間だから、そう考えるのは当然だろう。自分とは違って、エマは女子だ。もし家が徒歩5分圏内だとしても心配になる。

 だからといって、ただの同級生であるツナが、例えば家まで送るなんて言い出したら。夜道も危険だけどお前も危険だろうと冷たい目で見られるかもしれない。家を知られたくないだろうし、いっそ一人で走って帰った方が安全だと思われるかもしれない。
 保健委員の仕事を全うしただけで勘違いされた、なんて思われたら恥ずかしくて死にたくなる。

 ダメツナが出しゃばるな、と頭の中で誰かが言う。その通りである。
 ツナが後ろ脚を引かれながらもまた歩き出そうとしたタイミングで、背後から「あっしたー」と聞こえた。

「帰らないんですか?」

 コンビニの袋をぶら下げたエマがツナの横に立ち声をかけた。寒いですね、とマフラーに顔を埋めている。

「帰る、けど」
「お迎えが?」
「全然、歩き……沢田さんは?」
「私も徒歩です。近いので」

 あの辺り、とエマか指差す先を見れば、帰る方向が一緒なことに気付く。
 であればとエマを振り向けば、彼女は瞳の中の星を瞬かせながら視線を合わせた。

「方向一緒だし、暗いし、良かったらその、途中まででも送る、よ」

 尻窄む声に合わせて視線も下がる。口にした言葉が戻らないのは重々承知だが、言うべきではなかったかもしれない。

「沢田くんが大変じゃなければ、お願いしてもいいですか」
「も……もちろん! 大変なんてそんなっ、うちも近いから」
「ありがとうございます。貴方とゆっくり話してみたかったので、嬉しいです」

 弾かれたように顔を上げても、嬉しそうな表情はどこにも見当たらなかった。

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