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 イトは江戸時代を生きていた。しがないエイリアンバスターとして、地球を拠点にし宇宙を飛び回っていた。

 全くもって信じられない話だと、SF映画に感化され過ぎていると人は言うかもしれないが事実だった。イトはあの時代を生き、あの時代で死んだ。
 記憶を持って生まれてきてしまった。否、忘れていたけれど取り戻した。銀魂高校に入学してクラスメイト、そして担任の顔を見た途端、全てを思い出した。

 前世というものがあるのだとしたら、イトにとってのそれは江戸時代での姿だ。何の縁か、はたまたしがらみか、前世でも交流の在った者たちがこの学校に集結している。
 ドンパチしていたような、決して仲が良いとは言えなかった人物も。幸いにも記憶を持っているのはイトと、それと銀八のみであるらしかった。

「それで」

 眼鏡の奥で、赤い瞳がイトを見据えている。苦手な瞳だった。今も昔も。
 真っすぐに見つめられると、自分でも気づいていない心の内を、暴かれてしまう気がしていた。

「……夢を、見てる」

 口籠るイトに追及の目は止まない。ゆめ? と呟いている。
 昔からそうなのだ。目の前の担任のことをよく分かってしまうから、イトはなんだかおかしくて、諦めたようにフッと笑った。

「同じ夢を、毎日のように」
「どんな」
「視界いっぱいに広がる藤の花の夢」

 目を閉じるとすぐにあの光景が浮かんでくる。一面の藤色、夢のように幻想的な景色。どこもかしこも立派な藤が垂れ下がり、その藤の道は途切れることを知らない。
 藤が狂い咲く、多分、山のような場所に夢の中のイトは立っていた。そして五感が現実と同じように作用していて、藤に触れればその柔くしっとりした感触が手に伝わり、辺りに立ち込める藤の匂いも鼻は覚えた。

 イトは藤の匂いを知らなかったし、どのような花かかも朧げだった。
 それなのに、夢の中で知覚したそれは現実世界のものと全く同じだったのだ。

「夢の中の私はしっかりと自我を持っているというか、本当に私自身がその場所にいるみたいで。ぼんやり見つめたり近くを歩いたりしてるだけなんだけど、感覚がリアルすぎてちゃんと眠れてる感じはしない」
「なるほどな。いつから見てんだ?」
「一ヶ月前から毎晩」
「早く相談しろ?」

 夢の話を教師にする女子高生なんてそういないだろう。イトが言葉にすると銀八は「いやそうだけど、」と苦い顔になる。

「……だからって一ヶ月は長ぇだろ」
「そう? でもどうしたらいいのか分からないから」

 早く伝えておけば重たい辞書を運ばなくても良かったかもしれないが。肩をすくめるイトとは裏腹に、銀八はいつのまにかタバコを消して首の後ろに手を回していた。
 夢の話であるけれど、真剣に考えている様子だった。

 けれど多分、どうにもならないものだとイトは感じている。睡眠導入の音楽やアロマを焚いてみたが夢は必ず見ていて、眠らないでいるのは不可能で。
 可笑しく思ったのは夢を見始めて一週間が経ってから、二週間目は抵抗してみせて、それ以後はもう、諦めた。

「夢ん中ではお前一人か?」
「そういえばそうだね、誰にも会ったことないや」
「ずっと藤の山にいるだけ?」
「うん。けど、現実世界でできることないなら、夢の中で何かしらアクション起こしてみようかなとは考えてた」
「一応聞いておくけどそのアクションとは」
「山を降りるとか。第一村人発見しなきゃ」
「まぁそれくらいなら悪くはねぇか……?」

 ちょっとだけ悩むそぶりを見せてから、銀八は無茶すんなよ、と言った。夢の中だし多少の無茶くらいはするつもりであるが、イトの口からは伝えないでおいた。

「こっちでも調べておくけど、なんか心当たりあったらすぐ知らせろよ」
「ん、わかった」

 それじゃあねと手を振って教室から去った。おー、と間延びした声を背に玄関に向かって歩く。

 また今日も夢を見るのだろう。そう思うと少し憂鬱な気分になってしまう。しかし眠らないという選択肢はないため、ならば少しでも睡眠時間を長くするために、ここ最近のイトはとても早寝だ。

 それに今日は夢の中で探索もしてみようと思っている。自分の夢の中なら何したって構わない、はず。
 少しだけワクワクしている自分にイトは気付いていて、その心に従うように、身軽なスキップで廊下を歩いた。


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