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誰かに恋をすると我慢や欲求が付きまとう。一緒にいたい、手をつなぎたい、キスをしたい、ふれあいたい。
人に言えない自分の気持ち。そういった欲求が溜まりすぎるとこの世界では――
「すきです!だからどうかお尻さわらせてください!」
「おい!だれか止めるの手伝ってくれ!まただ!また―」
分裂する。
この世界では欲求を心に溜めすぎると、本体とは別に欲求をそのまま具現化したものが現れる。本体とそっくりなそれは「分裂」と呼ばれ、分裂した欲求はその欲求のままに動いてしまう。
ただしその欲求は「相手への好意」から生まれたもののみとなる。つまり仕事の不満だったり、相手が誰でもいいような欲求では分裂しないのである。
そのせいか分裂の結果で犯罪が増えたわけではなかった。だが、この分裂によって人への好意を隠すことはできないのだ。そのうえ好意のレベルが人それぞれなので「あの人ちょっとかっこいいな」「あの子かわいいな」なんて気軽な好意すら分裂の欲求の対象になったりする。
と、ぼんやりと解説をしてみたところで僕の置かれている状況は変わらない。目の前には常連の女子高生の一人。本体はポアロのテーブルに突っ伏して眠っている。目の前のほうは―そう、分裂した欲求である。欲求のほうは顔は常連の女子高生であるが、その服装は制服ではなく、黒いTシャツのようなものに白字で「イケメン好き」とかかれている。
あ〜そっちのタイプか・・・・・・顔がよければ割と欲求がたまってしまうタイプなんだろう、よく分裂を起こしている。
「安室さぁん、お願いですぅ、ぎゅっとしてくれるだけでいいんですぅ〜!」
「ですから・・・えっと・・・」
僕は困惑していた。ポアロのど真ん中で女子高生にハグを要求されている。安室透としてはこの女子高生を抱きしめるわけにはいかない。ただ、この分裂した欲求はある程度欲求が解消されないと消えないのだ。どうしたものかと頭を悩ませる。
僕は女子高生にばれないよう小さく溜息を吐き出して、そして女子高生の頭をするりと撫でた。その途端、女子高生はぽっと顔を赤らめて、僕の顔を見つめてくるので、少し甘さを含んだ笑顔を浮かべてみる。そうすると女子高生は煙とともに消えてしまった。
それと同時に机に突っ伏して寝ていた女子高生が目を覚ます。分裂した欲求がでている間は本体はその場で眠ってしまうのだ。
起き上がった女子高生は僕の顔をみて、顔を赤らめてから慌てて梓さん対応のレジでお金を支払ってから出て行ってしまった。
「いや〜あの子よく分裂しちゃいますね。いろいろ大変そう」
「まぁ・・・・・・慕っていただけるのは嬉しいですが、分裂されていまうとなかなか・・・・・・」
「解消されないといけないですし、その欲求の度合いもバラバラですからね〜」
そうなんですよね、と苦笑を浮かべて僕は仕事へと戻る。今日の夜はあっちのほうに顔をだす予定になっているのだから。
ポアロの仕事を終え、一度シャワーを浴びてスーツに着替えた俺は公安の方へと顔をだしていた。すっかり夜更けの時間だ。外も廊下も人の気配はない。革靴で歩く音を響かせながら目的地へと向かう。
「風見」
「お疲れ様です、降谷さん」
「いや、例の件はどうなってる」
「こちらが例の麻薬組織の詳細です」
俺は風見から受け取った紙の束を受け取り、それをパラパラとみる。よくまとめられたそれに一度目を通して、それを風見に返す、内容は覚えたので問題はない。
「やはりここまでの規模の組織だと海外の組織も関わってくるな」
「はい、日本ではまだそんなに勢力を伸ばしてはいませんが、このまま放置しておくのは危険かと」
「あぁ。―それにしてもその資料、よくまとめられている」
俺がそういうと風見は、納得したように頷いた。そして資料をみながら「これは彼女が作りましたので」と呟いた。
風見のいう彼女というのは、風見が信頼している部下の一人だ。プロファイリングや情報収納力に長け、犯人確保に直接的に関わることは少ないが、事件解決に大きく貢献している人材の一人である。
「今日もまだ残っていると思いますよ、資料室で気になることがあるのをまとめていると」
「こんな時間までか?彼女は女性だろう、大丈夫なのか」
俺の言葉に、風見は眼鏡を指で押し上げた。言いづらそうに目線をそらすのでじっと見つめると、視線を彷徨わせたのち、風見はゆっくりと口を開いた。
「いえ、今は俺以外残っていないので、問題はないかと。ただ・・・」
「ただ?」
「やはり、女性の少ない現場ですので、よく【分裂】の被害にはあっています」
「・・・・・・それは大丈夫なのか」
「本人はさして気にしていないようです。仕方がないことだと。対処もそれなりになれているようでした」
「そうか、なにか問題あるようなら報告してくれ」
「えぇまぁ彼女自身は大丈夫かと。なにせ彼女は公安の聖女と呼ばれていますし」
「・・・・・・聖女?」
風見の言葉に俺が眉をよせると慌てたように風見は言葉を付け足す。
「彼女、ここにきて随分と経ちますが、まだ一度も分裂をしたことがないので―そういった欲求がないのではないかと噂されて。そこから聖女というあだ名が」
「―なるほど。少し彼女と話をしてくる」
風見のはい、という返事を背中に受けながら、俺は資料室を目指す。なるほど、分裂したことがない―そういった欲求を少しも抱えない。だから聖女か。
資料室とかかれたドアを目指していると、その部屋から光が漏れていた。どうやらドアを閉めずに作業していたらしい、そっと中を覗き込むと真剣に資料を見つめている彼女がいた。
部屋に入らずに、開けっ放しになっているドアをこんこんとノックする。彼女がぱっと顔をあげた。
「・・・えっふ、降谷さん?」
「覚えていてくれたか、君と顔をあわせるのはまだ二度目かな」
「は、はい、もちろん覚えています。どうしてここに・・・・・・」
「君がここにまだ残ってるときいてね、あの資料よくできていた」
「あ、ありがとうございます」
彼女がぺこりと頭をさげる。きっちりとスーツを着こなしているし、見た目だけでは堅い印象を受けなくもないが動きや表情が可愛らしい感じがする。邪な欲求をもつ人間がいてもおかしくはなさそうだ。
俺は資料室に足を踏み入れながらドアを閉める。と同時に頭を下げていた彼女が顔をあげて―ひどく驚いた顔をした。
「あっ!降谷さん、だめです、そのドアー」
「え?」
「・・・・・・壊れていて、しめると開かなくなってしまうんです・・・・・・」
ぱたん、とドアの閉まる音が資料室に響いた。念のためドアノブをひねってみるが、どうやら鍵もドアノブもおかしくなっているようだった。ドアノブをまわすことができない。試料室の奥では彼女が頭を抱えていた。
「も、申し訳ありません、もう少し早く言っていれば」
「それで開けっ放しで仕事をしていたのか。風見はまだいるだろうし、ここに来ていることは伝えている。帰りが遅くなったら心配してここにくるだろうから問題はないだろう」
「も、申し訳ございません。貴重なお時間を・・・・・・」
「いや、問題はない。君ともう少しあの資料についても話をしたかった。今はなんの資料をみているんだ」
「いえ、麻薬組織が、テロ組織の可能性がでてきましたので、過去のテロの履歴を―」
なるほど、と俺は彼女の持っている資料を覗き込む。いいところに目をつけている。ページをめくろうと手を伸ばすと両手で資料を抱えていた彼女の片手に俺の手が触れてしまった。とほぼ同時に資料が大きな音をたてて床に落ちる。
資料を拾って顔をあげると、彼女は顔を真っ赤にしながら俺から3歩ほど離れたところにいた。いつの間に逃げたんだ。
「し、失礼しました」
「いや、僕も悪かった。ケガないか」
「ひゃっ!?」
彼女の手をとり眺める。紙で切ったこともなさそうだ。よかった、と呟いて手を放そうとするのと同時に彼女の体がふらりと俺の方に倒れ込んでくる、慌ててその体を受け止めると彼女は小さく寝息をたてていた。まさか、この現象は―
はっとあたりを見渡すと彼女がもともと立っていた場所のもう一人の人影があった。それはつい先ほど分裂したことがないと、聖女をきいていた、もうひとりの彼女だ。
「お、おい・・・・・・」
「降谷さんは今日もかっこいいです、風見さんに会いにきてるのこっそりみてました、だいすきなんです」
「おい、まて、落ち着け」
寝ている本体の彼女を、俺のスーツのジャケットを脱いでそこに寝かせる。床で申し訳ないが、両手や動きが封じられているようでは分裂した彼女の対応ができない。なにせ分裂した彼女のTシャツにはひらがなでおおきく
【みだら】とかかれているのだ。
おい、まってくれ、みだらってなんだ。公安の聖女ってよばれているんだろう?みだらって、欲求はなんだ。外に逃げ出すこともできない。扉はしまっているし、なにより本体は眠ってしまっているのだ。そんな彼女を放って逃げることはできない。でも、みだらって、いやみだらって。
本体を寝かせて、俺は立ち上がえる。分裂した彼女は頬を赤らめながら俺にそっと近寄ってくる。
「こんなふうに降谷さんと二人っきりでいられるなんて・・・・・・幸せです」
「そうか」
「そうなんです・・・わたし降谷さんにしてほしいこと、あって」
そういって分裂した彼女は俺の胸に顔を摺り寄せ、ぎゅっと体を押し付ける。いい匂いがする、柔らかいなにかがあたっている、潤んだ瞳が俺を見上げている。まずい、このままで俺も分裂をしてしまうかもしれない。いいか、俺は彼女のことをなんとも思っていない、違う、かわいいとか思っていない。あったかい、いや違う。そうじゃない。冷静になれハニトラだって、分裂の欲求だって、いままでうまくスルーしてきただろう。冷静になれ。対応を考えろだめだジャケットを脱いでしまったせいで彼女のぬくもりが近いこのままでは分裂して―
「わたし、降谷さんに、ほめてほしくて」
「・・・・・・は?」
思わず本音のは?がでた。なんだ、褒めてほしい?どこをだ?どこ撫でればいいんだ?と思わずおじさんのような思考になりかけた。俺の胸に顔を摺り寄せたまま、彼女は俺の方を見上げている。
「さっきみたいに、よくやったなって言いながら頭なでなでってしてほしいんです。降谷さんの大きなあったかい手で、よしよししてください」
「よ、よしよ・・・いや、でもな・・・」
「だめですか・・・?」
だめじゃない。だめじゃないしそれくらいの欲求なら叶えられる。なんだ随分かわいい欲求だな。俺はそっと彼女の頭に手を伸ばし、その丸い頭を撫でる。よくやった、次も期待している。君ならできるぞそう言いながら。
そうして五分もしないうちに、分裂した彼女が煙と共に消えた。それと同時に床に寝ていた彼女がゆっくりと目を覚まし、俺を見つめて顔を真っ赤にさせる。
分裂している最中のことは、夢のできごとのような感覚で記憶は残るのだという。先ほどの件もきっとおぼているのだろう彼女は慌てて立ち上がりジャケットを拾い上げるとそれを俺に渡し、頭をさげた。
「もっ申し訳ありませんでした!」
「お、おい、ちょっとま」
彼女は顔を真っ赤にしながらドアへと走って行き、そのままドアを蹴破ってドアを破壊して出て行った。なんだ、意外に身体能力あるんだな・・・・・・というか、最初からそうしておけばよかった。
俺は溜息をはいて、ジャケットを羽織りなおす。そしてジャケットから彼女の香りがすることに気づいて、資料室で一人頭を抱えることとなった。
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