「―やめた?」
「そうなの。あなたが来なかった半年間の間でそういう話になって……三か月前にくらいにはもう、いなくって。全然姿も見ないし元気だといいんだけど」


そうなんですね、わかりました。ありがとうございます。
私は頭を下げてポアロの入り口から離れ、歩き出した。れいくんがあまりにもあそこの店員に似てるものだから、何か知っているのではないかと探りにきたけれど、その彼はすでにアルバイトをやめているという。
その件のれいくんも、一週間程度顔を合わせていない。例の公園にもいないし、道で出会うこともない。そのとき私は本当に彼のことを知らないんだなぁと思ったので、喫茶店まで来てみた次第である。収穫はなかったけど。



今日は仕事も休みだ。ポアロまで行ったけどそのまま帰ってきてしまった。なんとなくモチベーションも上がらない。ポアロでおいしいコーヒーでも飲めばよかったかなぁ。きっとケーキも食べたくなる。そしたらケーキも食べてテンションも多少上がっていたかもしれない。
マンションの自分の部屋に向かう階段をのぼりながら、鞄を漁って鍵を取り出す。そうだ、晩御飯も何にするか考えないと……豪華にお寿司でもとる?なんて一人で考えて顔を上げたところで私の動きは止まった。


「……れいくん?」


私が声をかけると、私の部屋の前にしゃがみこんでいたれいくんはぴくりと反応して、少ししてからゆっくりと顔を上げた。だけど、目線は合わない。私はれいくんのそばにしゃがみこむ。


「どうしたの?」
「……おれ」


れいくんは黙り込んで、目線を伏せながら口を開いたり閉じたりしている。私はしゃがんでれいくんに目線をあわせたまま、れいくんをじっとみつめる。れいくんは立ち上がって、私の正面にたつ。


「おれ、服も綺麗にして、お菓子くれて、おちゃ、くれたのに…おねえちゃんに、ひどいこと、いって。だから、おれ」
「……ごめんなさい、しにきてくれたの?」


泣きそうにきゅっと唇をかみしめてしまったので、私がゆっくり問いかけるとれいくんは小さくこくんと頷いた。すっと背中にずっと隠れていた手が、私の前に差し出される。そこには色とりどりの花があった。いびつなかたちの、折り紙だろうか。青い紙にくるまれており、またいびつな形で黄色のリボンが結ばれていた。


「これ、おれがそだてた花……おねえちゃんにあげる」
「ありがとう、とってもきれい……それに、おねえちゃんも強く言いすぎちゃったから、ごめんね」


私がそういうと、れいくんも小さな声で、おれもごめんなさいとつぶやいた。私は思わずぎゅっと小さな頭を抱きしめる。私の腕の中から慌てたような声が聞こえるけど、到底離してあげる気にはなれなかった。





「れいくん、おねえちゃんと約束しよう」
「やくそく?」


私の家の中でお茶をすすりながら、れいくんは首をかしげた。今日はコンソメ味をれいくんに差し出しながら、私はれいくんの向いに座る。


「そう。お姉ちゃんのところ、好きな時に遊びに来てもいいけど」
「いいの?」
「いいよ、だけどお姉ちゃんもいつもここにいるわけじゃないから、今日みたいにれいくんを待たせちゃうかもしれない」
「おれ、まつよ」


ポテチを口に入れながられいくんがいう。私は小さな頭をなでながらでもね、と続ける。


「ここのマンション、人通り少なくて危ないから、お姉ちゃん待つときはお姉ちゃんと出会った公園でまつこと」
「公園で?」
「そう、あそこなら私帰るとき絶対通るから」


それにあそこは人通りも多いし、たまに警察官の人も巡回している。なにかあっても対応してもらえるだろうし、ここで待つよりは安全だろう。
本当はれいくんにはここにもうきちゃだめだよっていうのが正解なんだろう。知らない人の家に行ったりしたら危ないよって。
だけど、れいくんは私を知らない人じゃないといってくれた。自分の育てた大切な花を私にくれた。お菓子を一緒に食べた。二人で笑った。
そして、家族のことを聞いたら悲しそうな目をした。きっと、なにか事情があるのかもしれない。
大きくなったら、きっとれいくんは自分でつらいことも乗り越えて、成長していくだろう。それまでは、一緒にいたい。
だから、せめてれいくんが、いまだけでも、安らげる場所になりたい。






―決してれいくんが初恋の人に似ているからでは、ない。断じて。