五条先生に押し付けられた書類を持って医務室を訪れると、中にいた家入さんが「ちょうどいいところに」といつものように表情を動かさぬまま言った。
手に持った書類を抜き取りながら、こいつソファかベッドに運んでやってくれない?と指をさした先には、椅子にもたれかかるようにして眠るあの人。思わず動揺して、え、と声を漏らすと無理そうならいいよ、どうせすぐ起きるだろうし。と言われて全力で「無理じゃないです」と否定した。緊張でそわそわする心臓を押さえつけて、彼の近くに寄る。柔らかな黒髪に顔が近付くと、清潔なシャンプーの香りがして、さらに心臓がざわついた。落ち着け、と自分に言い聞かせて、細い肩にそっと触れる。抱き上げるということの重大さに気付いたのは今更になってだった。
やるじゃん、なんて家入さんの軽口が、扉の方から聞こえる。後よろしくな、と遠ざかる声に言われて、はい。と答えながらベッドへ歩みを進めた。カラリと扉が閉まる音が聞こえてくる。彼が軽いだろうことは想定の範囲内だったが、それでも思いの外軽々しく持ち上がってしまったな、と逆に落ち着いて冷静になった頭で考える。昔は逆に抱き上げられていたのだと思うと不思議な感覚になった。触れている部分から伝わる体温に、心臓が馬鹿みたいに大きな音を立てていて、わずかな距離しかないベッドまでの間が無限にも、一瞬のようにも感じられた。そっと清潔なシーツの上に出来る限り揺らさないように彼を下ろす。ベッドがキシ、と小さく音を立てて、自分の中で変なスイッチが入った気がした。覆い被さるような体制から動けぬまま、彼の顔を見つめ続ける。順に顔のパーツを視線で追っていって、最後に淡く染まる唇に辿り着く。ごくり、と思わず生唾を飲んで、無意識に顔を近付けようとした瞬間。視界の端に銀色に光る何かが見えて、自分の全身からスッと熱が消え失せるような感覚がした。キシ、と音を立てて離れると、細い首を守るように華奢なチェーンが首に絡みついているのが見えた。その先に、指輪があることを知っている。彼が誰かのものである証。目を細めて、まるで睨み付けるようにそこを見つめていると、医務室がカラリと開く音がした。