きみとぬくもり

「ただいま!」
「はい?!」

前振りもなく勢い良く開いた扉に、思わず持っていた紅茶カップを落としそうになる。もちろんこんな時間に誰かを家に招く約束なんてしてないけれど、相手が誰であるかなんていうのは確認しなくてもその声で分かりきっていた。
玄関口に立つ大きな体躯から繰り出される大きな挨拶に、こちらも条件反射のように大きな声で返してしまう。落としそうになった紅茶カップをテーブルの上に乗せ、小走りで声の元まで向かう。そういえば玄関の鍵かけてなかったな、とか今さら自分の不用心さに脱力しそうになるも、それは一時的に置いておくとして。
玄関先でゆるゆると上着を脱いでいたみんなの憧れヒーローは、駆け寄る私を見るや否や、ニコニコと破顔しながら私の名前を呼んだ。ハイハイここにいますよなんて、脱いだ上着を受け取る。お酒の匂いを漂わせて上機嫌に私の頭にキャップを被せたヒーローもといダンデくんは、その大きな手のひらで私の頭をキャップごとがしがしと撫でた。

「シャワー浴びていいか?」
「あ、うん。……いや!そうじゃないでしょダンデくん!どうしたのこんな時間に」

何の疑いもなしに上着を受け取って、それからぶかぶかの帽子を被らされて。ようやくいま私の目の前にダンデくんがいるという現実を理解してきた私が声を上げると、連絡もなしに唐突に家に乗り込んできたダンデくんは、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。いや、どちらかというと首を傾げたいのは私なんだけど。

「? どうしたって、帰ってきた」
「この家に?ダンデくんだってお家があるでしょ?」
「ここの方が近かったんだ。あとキミの顔も見たかったからな!」

ワハハ!と豪快に笑うダンデくんが酔っぱらいだっていうのは、あの開口一番の大音量を聞かされた時点で分かっていたことだけど、やっぱり改めてこの人はめちゃくちゃ酔っているなと頭を抱えたくなった。しかも、ついでのようにちょっとときめく言葉をかけてくれるものだから、本当にたちが悪い。赤くなった顔を隠すようにしながら、受け取った服たちをハンガーに引っかけた。ぬっと後ろから伸びてきた腕にとらわれて、あっという間に落っこちてしまったけれど。

「だ、ダンデくん!」
「ん……オレこの匂い好きだぜ。キミの匂いだ」
「こら!酔っぱらい!シャワー浴びるなら早く行ってきて!」
「一緒に入ろう」
「ばか!ばかダンデ!」

耳元にお酒くさいぬるい息がかかって背中が粟立つのを感じながらも、これ以上はいけないとぎゅっと回された腕を全力で振りほどく。「今日は冷たいな」なんてしゅんとする表情に、ほだされてはならないぞ私と強い意思を持ってその背中をぐいぐいとシャワールームへと押し込んだ。
いつもは絶対に離してくれない腕が案外簡単に振りほどけてしまったことと、普段は重すぎて動いてくれない後ろからの後押しすらにも応じてくれる状態に、だいぶ飲んだんだなと本日何度目か分からないダンデくんへのため息。聞こえてくるシャワーの音に、私はバスタオルを準備するのだった。

***

家にあったダンデくんのルームウェアやら諸々を引っ張り出してきてしばらくした後、彼は満足げな顔でリビングにやって来た。あれだけ泥酔していたのにシャワールームに押し込んだのは酷だったかなと思ったけど、どうやら杞憂だったらしい。「サンキューだぜ!」とニコニコ笑顔で言うものだから、私は観念して彼を手招きした。お説教ついでに、その鮮やかな髪を拭いてあげることにする。

「あのね、いくら私の家だからって突然来るのやめてよね」
「すまない。つい勢いで」
「嫌ってわけじゃないけどさー」
「いて、」
「あっごめん。引っ張っちゃった?」
「いや、大丈夫だ!」

見えない尻尾が見えたような気がする勢いで私の元までやってきたダンデくんの後ろを取って、渡されたバスタオルをダンデくんの頭の上に被せた。わしゃわしゃと拭いている間にふと、なんかこの間よりも背中広くなってない?なんて思ったけど、彼のことだからきっとトレーニングの賜物なんだろうと思って特段触れないことにした。どっちにしたって、そのうち言われるんだから。これでキミにいくら引っ掛かれても大丈夫だぜ!とかそういうことを、さらっと。自分自身の妄想で勝手に動揺した間抜けな私が、お説教混じりに彼の髪を強く引っ張ってしまったのは申し訳なかった。謝ったら、太陽みたいな笑顔が返ってきた。

「その笑顔がほんとずるいんだから……」
「ん?何か言ったか?」
「なーんにも」

わしゃわしゃと頭を拭かれて音が上手く拾えないのか、聞き返すダンデくんの言葉にはぐらかして返す。本当のこと言ったって、どうせ自分が手のひらの上で転がされちゃうようなことばかり言ってくるんだから、今日はもう何も言うまい。お小言混じりに雑談を繰り返していれば、いつの間にかダンデくんの頭は船をこいでいて。その間にささっとドライヤーまで済ませた私は、きっとダンデくん専属ヘアスタイリストにでもなれるんじゃないだろうか。
俯いたまま動かなくなってしまったダンデくんの肩を揺すって、ベッドまで促す。眠たそうな瞳は、私の声に抗うことなくゴロンと私の腰かけていたベッドに寝転んだ。もれなく、私の腰を抱き寄せて。

「もー、ダンデくんさー」
「ん、おやすみ……」
「はあ……」

もはや何も言うまい。ぎゅっと私を抱きしめたまま深い呼吸になったダンデくんは、きっとあっという間に夢の中なんだろうと思う。背中にある温かいぬくもりと腰に回された太い腕に、なんだかキテルグマに優しく抱きしめられてるみたいだなとか見当違いなことを思う。夢心地のダンデくんに言っても、返ってくるのは寝息だけだったけど。

「ひとりで寝るんだもん。子供みたいなんだから」

足元に蹴り寄せられていた掛け布団を上手いところ引っ張り寄せると、ダンデくんが風邪を引かないようにその上にかける。みんなのヒーロー、みんなのチャンプが風邪なんて引いて試合できないなんてなったら、たぶんこのガラルの経済に響くだろうし、何なら私が管理義務責任とか言ってローズ委員長の秘書さんに叱られる未来まで見える。
ぐるりと身体を反転させて、その厚い胸板にすり寄った。ふわりと香る匂いが同じで、少しくすぐったい。別に今回が初めてってわけでもないのに、強められた腕の力にさらにドキドキしてしまう自分がちょっと悔しかった。

200126