キミの隣にはオレだけ

「相変わらずナマエのギャラドスは強いな。かなり育成したんだろう?」
「さすがダンデくん。分かる? 結構時間かけたんだよ」

ワイルドエリアの一角、出てきたやせいのポケモンを倒していると、どこからかそのバトルを見ていたダンデくんが目を輝かせて私のギャラドスを見上げていた。
このギャラドスは、コイキングの時から大事に育ててきた相棒だ。とくせいにいかくを持っているだけあって、顔が恐いとよく言われるけど、性格的には人懐っこいから、最終的にはみんなから色んなきのみを貰って大喜びしていることが多い。今日も今日とて、ギャラドスは久々に会ったダンデくんの帽子をくわえて大喜びをしていた。人のものを取らないのと叱りつけようにも、ダンデくんも一緒になって笑っているから、今回だけは許してあげることにする。

「もー、ギャラドスってば」
「はは!よし、あとでじっくり遊ぼうな!」
「ぎゃお」
「お、きのみか?カレーの分は残しておいてくれよ」

私がやせいのポケモンを相手にしている間にきのみをかき集めていたのか、ダンデくんの両腕には私では抱えきれないほどのきのみがあって。ギャラドスはその匂いにつられるように長い首をダンデくんに近付けると、朗らかに笑うダンデくんの両腕の中からいくつかのきのみを持っていってしまった。

そのシーンを眺めながら、そういえば今日はキャンプをしながらカレーを作ろうという話でここに来たことを思い出した。久々のデートだというのに、選ぶのがワイルドエリアというあたり、色気の欠片もないけれど、私たちらしいとも言えなくもない。そしてポケモンバトルに夢中でそれを失念していた私も、本当に色気の欠片もない……。大量のきのみを抱えたダンデくんに心の中で謝りながら、そのきのみを半分受け取ろうと手を伸ばす。すると、優しく微笑むダンデくんにやんわりと断られた。

「これくらいやらせてくれ」
「でも、」
「カレー作りは任せきりになってしまうからな……」

しょんぼりと肩を落とすダンデくん。別にそんなこと気にしなくてもいいのに、と思うものの、きっと優しいダンデくんからしたら、すべて任せきりというのも心苦しいんだと思う。
天性のバトルセンスはあっても、こういう料理とかそういった部分はだいぶ疎い……というか、下手くそに分類される気がするダンデくん。むかし、付き合うとかそういった展開になるずっと前に食べたダンデくん作カレーは、だいぶワイルドな味をしていた。カレーで失敗するひとがいるんだと、そのとき初めて知ったのは懐かしい話。
きっと、きのみを受け取ろうとした私を制したのはそんなダンデくんなりの気遣いで、私はその優しさに甘えることにした。

重そうなきのみを置いたあたりにテントを張る。ここは力持ちのダンデくん、あっという間に作り上げると、お互いの手持ちにいる小柄なポケモンたちがわらわらとその中に入っていった。

「じゃあ作りますよー」
「任せたぜ!」
「うん。任されたぜ」
「ナマエの作ったカレーなんて久々だな。すごく楽しみだ!」
「……そんなにワクワクした目で見られても」
「ワクワクするから仕方がないだろう?」
「そんなに?」
「そんなに、だ。オフの日がこんなに楽しみだったことはないくらいだぜ」

野菜やきのみを切るといった、味に関わらない単純作業を任されたダンデくんは、鼻唄が聞こえるんじゃないかってくらいに上機嫌で手元の野菜を切りはじめる。確かに待ち合わせした時からいつも以上に上機嫌ではあったけど、そこまで楽しみにされると、嬉しいを通り越して緊張してしまう。そんな私の複雑な心境を知ってか知らずか、ダンデくんはいかに今日が楽しみだったかを高らかに語りはじめた。

***

私たち、厳密に言うとダンデくんを見かけたトレーナーから、オフですけど良いですかと恐る恐る挑まれたバトルを、私に断りを入れてから受けるダンデくん。私からすれば、カレーを作ってる時間ならやりたいことやってもいいよという放任主義(友達にダンデくんとのカレーキャンプの話をしたら彼氏に対しての扱いをそう言われてしまったのでこう形容することにした)なので、辺りが散らからない程度にどうぞと言うことにしていた。
こう言ってしまえばまた色気がないという話になりかねないけど、私もダンデくんのバトルの様子を見るのは好きだった。そもそも、私がダンデくんを恋愛対象として見るようになったのはバトルの瞬間が元だったし。そして今もまた、バトルに目を輝かせるダンデくんの横顔に「かっこいいなぁ」とため息をつく。なんだか恥ずかしくなって、慌ててカレーをかき混ぜた。

満足のいくバトルができたのか、ハツラツとした笑顔のダンデくんを迎え入れて、カレーをよそう。こっちまで聞こえてくるお腹の音も気にすることなく、ダンデくんはワクワクとしながらキャンプテーブルに腰かけた。一瞬よぎった、エサを前にヨシ!を待つワンパチの姿。チラチラとこちらの様子を見てくるところまで一致してしまうから、思わず顔がほころんだ。「何か面白いことあったか?」とニコニコ聞いてくるダンデくんに言葉を濁しておくと、私もそのテーブルについた。いただきますを待たずにカレーを頬張るポケモンたち。

「お待たせしました。どうぞ、ダンデく」
「いただきます!」
「はやい」

これまでの最速スタートダッシュが塗り替えられるくらいの勢いで、私の言葉に食いぎみに被せてきたダンデくんのいただきますがあたりに響いた。どうぞと言うつもりが、驚きで別の言葉が出てきてしまった。ダンデくんはそんな些細なことは気にならない、むしろ気が付かないようで、何度もおいしいおいしいと言いながらカレーを平らげてくれた。最初のおかわりの頃には、私はまだ半分も食べてなかった。

***

「ナマエ。最近ポケモンバトルしているか?」
「え?してるよ。さっきもしたし」
「あ、すまない。言葉が足りなかったな。トレーナー相手にバトルしたか?」
「えっと……それは、してない」

カレーを食べてしばらくしたのち。デザートのモモンの実をポケモンと私たちで食べ、ポケモンたちは食後のお昼寝とばかりにみんなで丸まって眠りはじめた頃、他愛のない話をしていたダンデくんがふと真剣な顔で私の顔を覗き込んだ。
温かいコーヒーを飲んでいた私は、カップから顔を上げてその金色の瞳を見つめ返す。その瞳はさっきまでカレーとデザート相手にキラキラしていたものではなくて、ガラルのチャンピオンという風格が滲んでいた。そんなにいけないことだったんだろうか?少し不安になりながらも答えると、ダンデくんは真剣な眼差しをふっとやわらげて「そうか」と微笑んだ。どうやら悪いことではなかったようだけど、一瞬見えた雰囲気にちょっと気圧されたのも確かで。

「ダメだった?」
「いや、ダメじゃない。ポケモンとの接し方は人それぞれだからな」
「でもダンデくん、いまちょっと真剣な顔だったから」
「……オレの勝手なワガママだ」
「?」
「ナマエのギャラドスの育ち方は本当に良い。きっとトレーナー相手のバトルならもっとあの子の良さ強さを引き出せる、そう思った」

それとなく理由を訊ねてみれば、ダンデくんは困ったように笑いながら答えてくれた。自分のワガママだと言いながらも、その答えはある意味とてもダンデくんらしいもので。
湖を悠々と泳いでは潜ったり浮かんだりしているギャラドスを遠目に見ているダンデくん。その瞳はまだ見ぬポケモンバトルの様子に思いを馳せているのか、横顔からも分かるくらいに輝かせていた。

「……私もね、このギャラドス片手に久々にトレーナーとバトルしようと思ったことはあったんだけど」
「あったのか!」
「うん。でも、やめちゃった。まだ私たちは弱いからやめとけって言われて」

私も一応、ポケモントレーナーのはしくれだ。他のトレーナー相手に育成したギャラドスで挑んでみたいと思わないわけもなく、まだまだコイキングから進化したばかりで育成も完璧でない頃に、バトルを挑んでみたことがあった。とりあえず、知らない人相手だとちょっと不安だからと、知り合いのトレーナーを相手にして。

「弱い?そんなこと、誰に言われたんだ」
「ギャラドスの育成方法を教えてくれた友達に」
「……その友達が、キミとキミのギャラドスにそんなひどいことを言ったのか?」
「そのときはだいぶ悲しかったけど、今は確かになって思ってる部分もあるよ」

そのときは正直カチンときたし、なんでそんな風に言うんだとも思った。だけど色々見ているうちに、納得もした。いくら育成したって努力したって、あの時点での私たちのレベルで他のトレーナーに挑んだところで、歯が立つことはきっとなかったように思う。それを分からせてくれただけでも、感謝はすれど恨むのは筋違いだと今では思える。

「基本のことなのに、私レベル差とか考えてなくて。彼、口調は強いけど結構核心をついたアドバイスをしてくれる人だから」
「待ってくれ。彼?その友達は、男なのか?」
「あ、うん。同じ街の出身なの」
「……幼馴染みか?」
「そんなとこかな。パートナーはドリュウズで……って、別にそんなことまでは聞いてないか」
「…………」
「あれ、ダンデくん?」

さっきまで私の話を笑顔で聞いていてくれたダンデくんの様子がどうもおかしい。良いのか悪いのかは別として、大抵よく分かっていない話でも相槌をうってくれるダンデくんが、急に黙り込むなんて。
それこそ周りに強いポケモンの気配でもあったのかと私も心なしか感覚を研ぎ澄ませてみる。私にはどうにも分からなくて、おそるおそるダンデくんの名前を呼んだ。

ダンデくんは、聞こえないくらいの声量で何かをポツポツと呟くと、顎に当てていた手を宙でぐっと握りしめた。まるで何かを決意したかのような瞳が、私を見つめる。その雰囲気はさっきよりもどことなく荒々しい。

「そうか。ドリュウズか。タイプ不利だが負ける気はしないな」
「負け……え?バトルする前提の話?」
「ん?別に殴り合いになっても負けるつもりはないぞ。何なら大人げなく追い詰めてもいい。精神的に」
「……ダンデくん、怒ってる?」
「思っていた2倍くらい頭にきてるのは確かだぜ」

ピッと2本の指を立てて、ダンデくんは目を細めた。それが笑っているつもりなら、ダンデくんは今だいぶ恐ろしい顔をしているよと本人に教えてあげたほうがいいのかもしれないというくらい、底冷えする微笑みを浮かべている。
ダンデくんがポケモンバトルにすべてを例えることなら多々あるものの、まさかリアルファイトの話まで出てくるとは想定外すぎた。しかもメンタル攻撃の話までしているものだから、これはかなり怒らせてしまったらしい。私が口を滑らさなければ、と思ったところで時既に遅し、というやつで。
あえて2倍と強調したところは触れるべきなんだろうか。いや、触らぬダンデくんに祟りなしとも言う。ここはあえて触れずにいこうと決意して、ダンデくんの前にあるカップに飲み物を注ぎ直そうと席を立つ。カップを取ろうとした手は、ダンデくんの大きな手のひらに捕らえられてしまった。

「2倍の理由は聞かないのか?」
「……ちょっと恐ろしくて」
「教えてあげよう」

ゆっくりと紡がれた最後の声がやけに低くて少しだけひるんでしまう。だけどそんな私を余所に、ダンデくんはそっと私の手のひらの甲に唇を寄せた。ちょっとだけかさついた唇にぬくもり。驚いて引っ込めようとする私の手をしっかりと握りしめたダンデくんは、私を見上げて優しく頷いた。

「ひとつ。キミのギャラドスと、それからナマエのことを悪く言ったこと」
「悪く言ったわけじゃ……アドバイスだよ」
「アドバイスだからなんだ?それを理由にしてナマエとナマエのポケモンたちを悪く言うのは話が違う」
「うっ」
「ふたつ。それを言った相手が男だったこと」
「……幼馴染みだよ?」
「すまないが、それがより一層気に入らない。オレの知らないキミを知っているという事実があるだろう?」
「ううっ」
「いずれ戦うときが来たら、オレは本気でその彼から勝利をもぎ取ることにしよう」

オレの敵は容赦なく叩き潰す。
そんなダンデくんの好戦的な心の声が聞こえたような気がして、私はダンデくんに握られていない方の手をそっと胸に当てた。しばらく会っていないその幼馴染みへ、心の底から謝っておくことにする。たぶんダンデくん、これから先、挑んでくるドリュウズ使いをみんな完膚なきまでに叩いてくると思います、と。
心を彼方へと飛ばしていると、握られていた手がくいっと引かれた。何だろうと手を引いた本人を見る。その瞳は、先ほどの不穏な空気はどこへやら、再びキラキラと輝いていた。

「まずは今からナマエのギャラドスと勝負させてくれ!どれだけ育成されてるか、オレに間近で見せてくれ!」
「え!今から?!」
「今すぐだ!目が合ったら即バトル、トレーナーの掟だぜ!」
「ダンデくん待っ、」

ぐいぐいと引っ張る手のひらは容赦なく私を引きずって、もう片方の手は相棒リザードンのボールを握りしめていて。まだカレー食べたところだとか、今日はせっかくのデートなのにとか、言いたいことはたくさんあったけど、何ひとつ言えないまま、ダンデくんの相棒のボールは空に放り投げられた。

200218