バトルタワーのオーナーに突然呼び出された。
心当たりは1ミリもないどころか、そもそもオーナーと最後に接触したのはいつだっただろうか。少なくとも私の記憶にある限りでは、接触も会話も片手ほどしかしていないはずで、直近でと言われたら、それは私ではないですよと言いきれる自信がある。つまりそのくらいには、オーナーに呼び出される理由がまったく微塵も見当たらないのだ。
うんうんとひとり唸りながら、このバトルタワーがローズタワーと言われていた頃の名残である無駄に広いエレベーターに乗り込む。当たり前だけど勤務時間中で、しかも最上階行き。
私以外にオーナーの君臨する玉座まで登っていく人は誰ひとりとしておらず、エレベーターに乗り込んでは出ていく見知った職員や見知らぬ職員の背中を眺めながら、大きなため息が出た。
怒られるようなことをした記憶はない。だけど、秘書などを一切通さずに内線で直接私を呼びつけたのには何か理由があるに決まっているはずで。知らないうちにオーナーの地雷を踏んづけてしまったのだろうか。それともかつてのジムチャレンジで、トーナメント目前に棄権したことを咎められてしまうのだろうか。
地に落ちていく外の景色を眺めながら、再びため息をつく。トーナメント棄権の件は、さすがに時効だと思いたいところではあるけれど。
嫌だ嫌だと思っていたものはいつもより早くやってくるもので、広いエレベーターに似つかわしくないチンッという小さな到着音に、仕方なく外へと一歩踏み出した。たいして広くはない廊下とは裏腹に、どどんと立ちふさがった重厚な扉は大きくて重そうで、いっそ重すぎて開けられませんでしたので戻りました、とか適当なことを言って逃げたい。だけど、逃げたところでオーナーからは逃げられないだろう。このバトルタワーで事務員として働いている限りは、一生。
いっそ辞表かなと、ウジウジとそこまで考えたとき。重厚な扉の向こうから、私の名前を呼ぶ声がして肩が跳ねた。
向こうからこちらが見えるのだろうか、それとも監視カメラか何かの類いだろうか。私を呼ぶ声はどんどん近づいてきて、扉を挟んだ向こうで止まる。ギ、とやっぱり重そうな音を立てて開いた扉の向こうで、バトルタワーのオーナーがスマートな仕草で恭しく頭を垂れた。
「ようこそ、バトルタワー最上階へ。キミを待っていたぜ」
まるでチャレンジャーか何かのような心持ちだ。開いた扉に一歩退く私を見て、オーナーはニコリと笑った。さっきの言葉は冗談めかして言ったのか、それとも本気なのか、この人の表情からはなにも読み取れない。少なくとも、前のオーナー兼社長の方が、ポーカーフェイスを装っていても、嫌なことは嫌だとわりと露骨に顔に出ていたように思う。
この人はまた類いの違う人だと思った。チャンピオンとして輝かしい成績で、大きなスタジアムでキラキラした表情を見せていたときの方がよっぽど取っつきやすかった。と言っても、そのときですら1度しか会話したことはないけれど。
本気なのか冗談なのかはさて置くとして、ニコリと笑ったオーナーに促されてその広い部屋へと足を踏み入れる。チャレンジャーを迎え入れるバトルコートとは違った雰囲気のここは、オーナーの執務室、なのだろうか。
書類は秘書の人を通して渡しているので、入ったことは1度もない。ところどころにある、薔薇のモチーフに前の社長の姿がちらついた。
「好きなところに座るといい。見ての通り、広さだけはある」
「……座るほどの長い話、なのでしょうか」
「ん? ああ、そういうつもりではないんだが、堅苦しいのは苦手なんだ。できればキミもくつろいでくれるとオレが助かる」
オーナーはかっちり固めた服装には似つかわしくない所作で、どっかりと本当に適当にソファーに座る。呼ばれた時点から頭の中をぐるぐると回っていた嫌な予感を思わず口にすれば、オーナーはからりと笑って、それから私を手招きした。
前のオーナーと比べたら、だいぶフランクなオーナーだなと思う。
堅苦しい堅苦しくないは抜きにして、座ると話が長くなりそうなので嫌です、とはさすがにいち会社員として言えるわけがなかった。仕方がなく、オーナーと少し距離を取った向かいに座る。
「あー、オレは嫌われてるのか?」心なしかしょんぼりしている声と表情に、項垂れた私は少しだけ間を置いてから、腰をオーナーの向かいに置き直した。オーナーは上機嫌に頷いて、それからゆったりと膝の上で手を組んだ。
「話の本題に入る前に、キミの心配を払拭しておこう。キミが何かをしたというわけではないから安心してくれ」
その言葉と笑顔に、心の底からほっとした息がもれる。どうやらオーナーの地雷を踏んだわけでもなければ、仕事で失敗したわけでもなく、ついでに言うと、当時トーナメントを棄権したことでもないらしい。やはりあれは時効なのだろうかと違うところが気になり始めるものの、それ以前にもっと大事な部分があると、はたと思い直した。
なにも咎められなかった。では、内線も使わず秘書も通さず、直接私を呼び出した理由はなんなのだろう。今日でオーナーとの会話の回数がようやく両手で数える程度になったというのに、何かをお願いされるわけでもあるまい。直接なんて、よっぽどの何かのはずだ。
オーナーの言葉を待たずに既に陰鬱な気分になっている私に、オーナーはその大きな目をぱちくりさせている。オーナーの誤解を解く言葉に、私が飛び上がって喜ぶとでも思っていたのだろうか。残念ながら、そんなに無邪気に感情を表に出せるほど私は純粋じゃない。
ふう、と小さくため息をついた。
「良かったです。安心しました」
「……だったら少しは安心した顔をしてくれ」
オーナーが苦笑いをしている。そんなに思い詰めた顔をしてしまっていただろうか。 ひとこと詫びれば、オーナーは「いや、」と言葉を切った。次いで出る言葉が少し恐いなと身構える私を見て、オーナーはまた笑った。
「そんなに警戒しないでいい。悪いことは言わないつもりだぜ?」
「では、単刀直入にお願いします」
「……いや、それは少しもったいない気がするな」
私のすっぱりと言いきった言葉を、オーナーはもったいないからと一蹴した。
なにがもったいないものか、お互い自分の仕事が山ほどあるはずで、こんなところで優雅にお茶をしている場合じゃないだろうと思わず声に出してしまいたくなる。その気持ちをぐっと堪えて、どこか楽しそうなオーナーを軽く睨み付けた。オーナーは、私のそんな目すら楽しそうに見つめ返してくる。埒が明かないと、最初に視線を逸らしたのは私だった。
「……キミは、ポケモンバトルは好きか?」
「え?」
「純粋な興味だぜ。普通に答えてくれればいい」
視線をもとに戻せば、ニコリと微笑んだオーナーが手を組んでこちらを覗き込んでいる。そのまっすぐな金色の瞳に押し負けて、これは何かの試験なのかとか、ここでオーナーの嫌いな回答をしたらこの場でクビにされるのかとか、色々考えていた頭を振って、素直に答えようと思考を巡らせた。
といっても、答えはひとつしかないのだけれど。例えそれが、オーナーとは正反対の回答なのだとしても。
「……どちらかというと好き、です」
「どちらかというと?」
「はい。……ポケモンバトルが好きそうなオーナーに言うのもあれですけど、大好きにはなれません」
「なぜだ」
ぐ、と低くなった声にぞくりとする。決して怒っているわけではない。だけど言葉に強い感情がこもっているのがよく分かった。
クビにされるかもしれないという焦りや恐怖はあったけれど、ここに呼び出されてしまったということは、すでに私の存在はこのオーナーに認知されている。だったら、遅かれ早かれ私の考えはこのオーナーの耳に届くだろう。そう思ったら、なんだかもうなるようになれという投げやりな気持ちになってきて、私はその金色の瞳をじっと見つめ返して、はっきりと答えた。
「負けることがあるからです」
ぱちくりと、オーナーの大きな瞳がさらに大きく見開かれて何度かまばたきをする。その一挙一動を見つめながら、次にやってくるであろう呆れの声に構えると、返ってきたのは存外、シンプルな言葉だけで。
「……詳しく聞いてもいいか?」
金色の瞳がくるりと輝いたように見えた。呆れるどころか、言葉尻からどこか期待しているような声色に聞こえて、言われたこちらが逆に身構えてしまう。だけどオーナーは、そんな私の反応をよそに、優雅に微笑みをたたえると、少しだけ前のめりになりながら私に向けて話を促すように首をかしげた。
全くもってこの話の意図が分からない。それどころか、ここに呼び出したそもそもの本題はこれじゃないはずだと、オーナーとはまた別の意味で首をかしげてしまいたくなる。だけどもはや話は進み始めてしまったし、オーナーは乗り気であとに引けない。身を乗り出したオーナーとは反対に、少しだけ身を引いた私は仕方がなくその続きを話すことにした。
正直この話は自分のワガママと偏ったこだわりゆえなので、恥ずかしくないと言ったら嘘になるけれど。
「負けるのが嫌なんです」
「それについては同感だ。でも、そうじゃない。キミはいま『負けることがあるから』と言ったじゃないか」
「……言いました」
「もちろん、勝つ努力はするんだろう?」
「します。トレーナーとして当然です」
「では、その負けるという状況への嫌悪はなんだ?」
この人は全部、分かって聞いている。
身を乗り出して、その大きな手のひらを何度も私に向けて、話を促すようにしながらも、オーナーの心の中では私の気持ちの大部分を把握できている。
それが妙に、居心地が悪かった。オーナーはトレーナーとしても人としてもだいぶ高みに登り詰めた人だから、私のような末端の事務員の考えなど掌のうえだとでもいうのだろうか。
少しだけ、このオーナーという人は苦手だなと思った。この気持ちも、負けることへの嫌悪からだということは、自分でも理解しているつもりだけれど。
「誰にも私の前を歩かせたくない」
「!」
「という、ワガママからです。誰にも負けない人なんていないと分かっていますが、それでも私は誰にも負けたくない。だから、そもそも負ける可能性が存在する、勝ち負けがある勝負事が嫌いです。あと、こういった心理戦のようなものも」
苦手だと思ってしまったら、あとは簡単だった。思ったことをあえて止めることなく口にすれば、それがいくら失礼であると分かっていても一気に吐き出せた。目を丸くして面食らったような表情で私を凝視する金色の瞳だって、恐れるに足りない。
ついでにとぶつけた、今の状況への文句。それら全てをオーナーは耳にいれると、ワンテンポ遅れてから「……ふ、」と何かを吹き出すようにして口元に手をやった。それが笑い声に変わるのか怒声に変わるのか。どちらにせよ、きっと私はここを辞めなければならない。というより、だいぶ辞めたい気持ちが強くなってきたというべきか。
そもそも、私が就職して配属されたのは、バトルタワーではなくローズタワーであって、仕えるべきは元チャンピオンのダンデさんではなく、マクロコスモス社長のローズさんだ。この事実は間違いもなければ変わりもしない。
たとえローズ社長が罪を犯して社長という座から降りていたとしても。
「ははっ!思ったとおりだ、オレはその言葉が欲しかった!」
「……えっ」
「やはりキミで間違いなかった!キミこそがオレの理想だぜ!」
吹き出した声のあと、突然立ち上がったオーナーがひときわ大きな声をあげる。その言葉の意味が全く理解できず、そして唐突な大声に驚きの声をもらすだけだった私に、オーナーがきらきらと輝いた瞳を向けた。
突然伸びてきた腕に抵抗することもできず、片腕を掴まれる。そのまま、ぐんっと腕を引かれた。無理矢理立ち上がらされた私の足元にはテーブルがあって、突然腕を引かれた私はそれに思い切り足を引っかけた。
「危な、っ!」
危ないと、あげた声ごと抱きとめられる。視界いっぱいに映るのはワインレッドのスーツと真っ白なヒラヒラで、ほぼ全体重を預けている状態なのにびくともしないその体躯は、何を思ったのか背中にその太い腕を回してきた。
香るオーナーの匂いは男の人の香水の匂いがして、異性に抱きしめられているという事実を突きつけられる。初めてというわけではないが、数回話しただけの、しかも今日その人を苦手だと認識した矢先の出来事に私は全力でその胸板を押し返そうとする。全くの無意味で終わったけど。
「や、なにっ!」
「……ようやくここからが本題だ」
「え?……っきゃ!」
きらきらとした瞳で出した大声とはうってかわって、低く耳元で囁かれた言葉にびくりと肩を揺らす。思わず聞き返した私に返ってきたのは、言葉ではなくなぜか抱き上げられるという地獄の状況で。
お世辞にも軽いとは到底言えないような私ですら、ひょいという音がつきそうなほど軽々と持ち上げるこの人の腕力は一体全体どうなっているのか。新チャンピオンの子が現れるまで何年もチャンピオンを防衛していただけあるというべきなのか。
抱えあげられて、ぐっとオーナーの顔が近付く。その状況に耐えられず、下ろしてくださいと何度も申し上げては暴れる私に、オーナーは深いため息をひとつ落とした。
「暴れないでくれ。落とされてもいいのか?」
「……いっそ、落としてくれた方が恥ずかしくない、です」
「はは、キミはただでは従わないか。それがまたいい」
落としてくれと言ったつもりが、オーナーはなぜか満足気に私を抱え直した。揺れた拍子に思わずそのスーツを掴めば、落ちていた視線が細められる。最初にこの部屋に来たときには想像もつかなかった状況に、怒られるとばかり思っていた私に向けられる優しい視線に、わけもわからず自分をこうげきしてしまいそうな気持ちになる。
コツコツと、ブーツのかかとを鳴らして歩き出すオーナー。どこにいくのか何をされるのか、苦手だと判明したオーナーに最低最悪の状況にさせられながらも、泣く泣く従う私を抱えてオーナーが立ち止まったのは、この部屋に入ってすぐ目についた、大きな広いデスクの前だった。こまめに仕事を片付けているのか、こざっぱりしたデスクの上に、私はゆっくりとおろされた。なぜここに?その疑問はすぐに解決することになる。
「さて、本題に入ろう」
「……はい」
「オレと結婚してくれないか」
「…………は、い?」
ぐっと近付いた顔、オーナーから再び香る控えめな香水の香り。ニコニコとした楽しげな表情とは正反対な台詞に、私は頷きかけて、そして首を傾げた。
言っている意味が全く分からない。言葉の意味ではなく、タイミングが、理由が、全くもって分からない。オーナーはこれが本題だと言った。いままでのすべてはここまでの導入で、本題ではなかったということか。いや確かに、自席にいたときに内線で直接呼び出しを受けたときからあった心配を払拭したいと、単刀直入に用件をと促した私の言葉を『もったいない』と制したのはオーナーだった。そのときはお互いやるべきことは山のようにあるはずで、こんなところで戯れている場合ではないだろうと内心めちゃくちゃに言ってやったつもりだったが、しかしあの時点でこんなことを言うつもりだったのかと、逆に感心してしまう。
ありえない。片手ほどしか話したことのない、いち事務員にプロポーズなど。しかも、先ほどお互いの志向の違いを突きつけたところなのに、オーナーにとってはそれすらも些細なことなのだろうか。頭がいたくなってくる。どこから何を言って、どう断ろうか。それしか考えられない。
頭を抱えた私の手に、その大きな手のひらを重ねたオーナーが私を見つめて首を傾げる。「君を必ず幸せにする」そういう問題じゃない。ゆるくかぶりを振る私を、オーナーはキョトンとした顔で見つめた。
「……何から申し上げていいか分かりませんが、」
「いや、なんでも言ってくれ」
「じゃあはっきり申し上げますが、私はオーナーのことを全く存じ上げません。それこそ、前オーナーのあとに就任された元チャンピオンということしか」
「はは、前チャンピオンか。耳が痛いぜ」
「そして私の記憶している限り、こんなに言葉を交わしたのはこれが初めてのはずで、オーナーにそう言っていただける理由が全く分かりません」
「理由、か。キミはそんなものが気になるのか?」
げんなりとする。人生において片手に入るくらいのビッグイベントを『そんなもの』と形容してしまう、できてしまうオーナーと価値観が合うとは到底思えない。いや、一緒にいるという前提で話をすることすら馬鹿馬鹿しい。
もはや考えることすら億劫になるやりとりに、全身の力が抜ける。がっくりと項垂れる私の、滑り落ちた髪を耳にかけたオーナーが、ツイと私の顎を持ち上げた。無言でそれを拒む私に、オーナーの胸のヒラヒラが迫る。倒れまいと、ぐっと後ろ手で踏ん張る私を、オーナーはまた笑った。
「キミとなら人生をかけて切磋琢磨できそうだと思った。それは理由にならないか?」
「……切磋琢磨?それは人生をかける必要がありますか」
「ある。なぜならオレは強く在りたいからだ」
金色の瞳が一瞬、ほの暗く揺れる。
揺れた瞳の奥に見えた意思は強いもので、強く在りたいという言葉が本心だろうということがうかがえた。
ふと思い出したのは、先ほどの何気ないやりとり。オーナーのことを元チャンピオンと称した私を笑い飛ばしたものの、次いで出た耳が痛いという言葉に、オーナーの笑顔はなかった。1番の問題である唐突な申し出に混乱して怖いもの知らずでいられた私は、その表情の違いもすっ飛ばして詰め寄ってしまったわけだけれど。
私の言葉を待たず、オーナーは先ほど私の髪を撫で付けた片手を再び伸ばすと、私の首の後ろへと触れた。
強く引き寄せられるのかと身構えた私の肩口に寄せられる顔。乗せられた頭から、鮮やかで思ったよりも柔らかい髪の毛が滑り落ちて私の首筋をくすぐった。抵抗しようとした手のひらは、オーナーのごつごつとしたもう片方の手のひらに押さえ込まれ、私の自由にできる唯一の片手は、肩口に乗せられた頭によって動かすことができない。
「キミが欲しい。オレに絶対屈しない君なら、オレを満たしてくれる」
「か……買いかぶりすぎです」
「正当な評価だぞ。オレは人を見る目はあるんだぜ。道は分からなくなるけどな」
状況と場所が違っていたら、きっと誰もが羨む殺し文句だと思った。誰からも必要とされるというわけではなく、ただ一人から絶対的に必要とされる。そんな人と一緒にいられたらと、一瞬でも思った自分が恥ずかしくもなった。
よく知らないオーナーから、苦手なオーナーになって、それから私を欲してくれるオーナーになって。単純と言われてしまえばそれまでだろうけれど、言われて嬉しくないわけもなく。
あり得ない、状況がおかしい、意味が分からない。そうやって否定の言葉を並べてみても、心臓がどぎまぎすることを止めることはできなくて。ふ、と肩口で笑う声がする。その息づかいにくすぐったいとよじった身体は、首にあったオーナーの手のひらが強く抱きすくめたことで、その先の動きを封じられてしまった。
「オレは諦めが悪い、とよく称されるんだが」
「!」
「キミについても諦める気はないぜ。今日断られても、明日も明後日もオレはキミに想いをぶつけていこう」
抱きしめていた腕が離されたと思ったら、至近距離で優しく微笑まれる。思わず視線を逸らした私に、気を悪くしたわけでもなさそうなオーナーは、ふわりと私の頭を撫でた。その大きな手のひらに、さっきから恥ずかしいという気しか起きない。
絶対に頷いてやるもんかという意地はある。私の前をオーナーが悠々と歩く姿は、いくらこのタワーのトップであっても許されざる問題だし、そんなことされるくらいなら私がやや苦手なポケモンバトルでこのオーナーをぶん殴ってやるという気概さえある。
そこまで考えて、はたと気がついた。私がやや苦手なポケモンバトルを、このオーナーを倒すために必死で極めようとすれば、このオーナーにとっては切磋琢磨しあえる相手のレベルを上げたことになるし、そしてその私の抗議という名のポケモンバトルで勝利を阻止することで、またオーナーの実力を底上げする意図があるのだとすれば。
「……どれだけ先まで読んでるんですか?」
「はは!キミが何に気がついたのかは分からないが、なんのことだろうな」
「簡単には、頷きませんよ」
「オレも、跳ねっ返りなポケモンを捕らえるのは得意な方だぜ」
ぐ、と詰められた距離、黄金の瞳がきらめく。
この瞳に吸い込まれてはいけないと、屈したら負けだと、負けたくなくてトーナメントを辞退した自分の今では時効となった過去を棚に上げながら、その自信満々な胸板を突き返した。
200517