「キスの日?」
「……ということなので、たまには自分からしてみたら?と、ソニアに言われました」
「はは、ソニアらしいな」
ソファーで本を読んでいたダンデが私の言葉に目を丸くして、それからパタンと音をたててその本を閉じる。
またバトルの指南書か、それともスポンサー関係の書籍か。彼の仕事についての色々に関しては、きっと守秘義務的な部分もあると思って触れないようにしているので、詳しいことは分からないけれど、途中で顔をあげられるくらいには熱中しているわけでは無さそうだった。
自分で声をかけておきながら、なんともしょうもない話題だからとスルーされたらそれまでとは思っていたけれど、ありがたいことに今日のダンデは余裕があるようで。へらりと笑ってソニアの名を口にしたダンデは、洗ったお皿を拭いていた私に向かって、チョイチョイと手招きをした。
「? なに?」
「してくれるんだろう?キス」
「……本気?」
「オレはいつでも本気だぜ」
「それは知ってるけど、さ」
「恥ずかしいか?」
「そりゃあ、もちろん」
ダンデの座っているソファーの隣に腰をおろして、ソファーの背もたれに腕をかけた彼をちらりと見る。はちみつ色をしたその瞳は、なんとも言えない穏やかな色が浮かんでいて、じっと見つめられていることに恥ずかしさが込み上げた。
キスどころか、バグだって、愛をささやくことだって苦手な私に、全力で愛をぶつけてきてくれるのはいつもダンデだった。もちろんそれが当たり前とは思っていないけれど、私がそういったスキンシップが慣れていなくて進んで出来ないことを、ダンデは咎めるわけもなく、むしろそういうキミだから好きになったんだぜとさらに愛を告げてくる始末。そりゃあ、善処すると言ってもまるで進歩しない、と思わないでもない。
「……私がそういうことあんまりしないのは、ダンデだって分かってるでしょ」
思わず卑屈になって、そんなかわいくない言葉を口走ってしまう。メソメソしてないで、恥も照れも全部捨ててダンデにぶつかってしまえばいいのに。きっとダンデなら、そのがっちりした体躯でぜんぶ受け止めてくれるのに。
かわいくないことを言ってしまって、呆れられてはいないだろうか。いい加減嫌になったりされてないだろうか。面倒くさい性格の私が、俯いていた視線をもう一度ダンデに向ける。
ダンデは、いつもと同じ優しい顔で微笑んでいた。
「分かってるさ。キミのことは誰よりも理解してる自信がある」
「……」
「だからこそ、だぜ。少しはキミも、その気があるんじゃないか?」
ソファーの背もたれにかけられていた腕が私の肩に置かれる。それから、やさしく抱き寄せられた。広い肩幅に、鍛えられた胸板。そこから聞こえる心音が少しだけ早いことに気が付いて、込み上げる幸福感にゆっくりと目を閉じた。
そういえばエプロンしたままだったとか、キッチンの電気をつけっぱなしだったとか、そんなことを思いながら、背中に回した腕でゆっくりとその胸板を押し返す。不思議そうに首を傾げるダンデの首に、胸板を押し返した腕を回した。
「いつもありがとう。大好き」
「!」
特別なことをしているわけではないと思えばなんとかなる気がした。意識しすぎず、冷静に、その首に腕を回して、私の激レアな愛の告白に目を丸くするダンデの唇を奪う。久々に自分からしたキスはなんともいえないくすぐったさがあって、触れただけのものになってしまったけれど。
離れたときに見たダンデの珍しい赤面顔に、目を丸くしたのは私の方だった。その表情をじっと見つめていたいと、そう思ったけれど。
「キミは、ずるいぞ」
「え?、うわあ!」
ガバリと強く抱きしめられ、首に回していた腕が宙ぶらりんになる。遮るものも抵抗するものもない私の無防備な唇に押し付けられたのは、さっきよりも熱くて性急なダンデの唇で。
待ってという制止の声には全く聞く耳持たずで、何度も食むようなキスの雨にくらくらする。何もかも聞いてくれないダンデの大きな手のひらが私の腰を撫でた。
「まって!まだお皿しまってない!」
「む……待てをされるのは好きじゃないな」
「せっかくキスしたのに」
「されたからだぜ。キミが欲しい」
ダンデの唇と私の唇の間に無理矢理手を差し込み、物理的な壁を作ればダンデは不服そうに眉をひそめた。まだエプロンだしで片付けも中途半端だからと理由を付けても、ダンデが不服なことには変わりないようで。
熱っぽい視線にからめとられて、身動きがとれなくなる。まっすぐに欲しいと言われて、強く拒めない自分がいる。時々は私からスキンシップをして、びっくりさせてあの赤面をまた見たいと思ったのに。そのあとに待ってる諸々を考えると、やっぱり恥ずかしくなりそうだから、きっとしばらくは出来そうにない。
「うう、キスだけでも喜ぶよってソニア言ってたのに」
「オレのキミに対する愛はその程度じゃ満足しないぞ」
「エプロンのままなのに……」
「その姿にもちょっと興奮するぜ」
バカダンデ!と押し返した腕を取られて、ソファーに沈められる。こんなところで、なんて文句ばかりの私の額にキスをひとつ落とすと、ダンデはやさしく微笑んだ。